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2016年1月22日号 vol.307
おもしろ山口学/日本の女子教育に尽力した山口生まれの澤山保羅と成瀬仁蔵

写真:澤山保羅写真と、開校翌年の梅花女学校の土佐堀校舎(いずれも梅花学園資料室蔵)

前編 日本の教会で初の日本人牧師・澤山保羅

前号まで、大河ドラマ「花燃ゆ」の登場人物などを中心にご紹介してきた「おもしろ山口学」ですが、今回から2回にわたり、日本の女子教育に尽力した2人の山口県人をご紹介します。日本女子大学の創立者・成瀬仁蔵(なるせ じんぞう)は、NHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場予定の成澤泉のモデルとなった人物です。

成瀬仁蔵は、吉敷村(現在の山口市吉敷)の出身。その仁蔵を女子教育へと導いたのが、6歳年上の同郷出身者で、大阪初の府知事認可の女学校として誕生した、現在の「梅花学園」の創立者・澤山保羅(さわやま ぽうろ)(※1)でした。

保羅は幕末、仁蔵と同じく、吉敷毛利家(※2)の家臣の家に生まれ、 郷校「憲章館」で学びました。保羅は慶応2(1866)年、14歳のとき、幕長戦争に良城隊(よしきたい)の鼓手として出陣。明治2(1869)年には、洋学(※3)を学びたいと考え、かつて良城隊の司令士で内務省から兵庫県へ派遣されていた同郷の内海忠勝(うつみ ただかつ)(※4)を頼って神戸へ。欧米を視察し、後に内務大臣ともなる忠勝から、洋学を修めるためには英語の習得が必要と、アメリカ人宣教師を紹介されます。

保羅は明治5(1872)年、アメリカへ。滞在先の家族と教会へ通ううちにキリスト教にひかれ、クリスチャンになります。健康を損ない、闘病生活を送るうち、教会の人々に心を支えられたことが大きかったためです。やがて日本で伝道活動を行っていた別のアメリカ人宣教師から日本での布教を説得され、保羅もそれが自身の使命と思うようになります。

明治9(1876)年、保羅は帰国。大阪府参事となっていた忠勝から官吏の職を提示されますが断り、牧師への道を選びます。当時、キリスト教の布教禁止は解かれていましたが、外国の宣教師により設立・経営されていた日本の教会やミッションスクールに対して、理解を示す日本人は多くはありませんでした。保羅は資金的に苦しいながらも、独立・自給を目指した浪花(なにわ)公会(※5)を大阪で設立。日本の教会で初の日本人牧師となりました。

女子中等教育の場の創設へ

一方、仁蔵は明治9(1876)年に山口県教員養成所を卒業し、県内の小学校(※6)に奉職します。しかし、規則に縛られた指導法などに疑問を感じ、自己の信念に基づいた新しい教育をしたいと思うようになっていました。明治10(1877)年、アメリカ留学後に吉敷へ一時帰郷した保羅に会います。布教への強い信念を持ち、穏やかに熱心に答えてくれる保羅に仁蔵は感銘を受け、保羅に付いて吉敷を出立。その後、共に布教と教育事業に尽力していきます。

当時の日本は、明治5(1872)年に学制が発せられたものの富国強兵のため男子の教育が優先され、女子については就学率が低く、さらにはほとんどが小学校まででした。そうした中で宣教師たちは文明開化で外国に憧れる若者への布教や、女子を通して家庭から布教しようと女子教育に力を入れ始めます。大阪にはまだ府知事認可の中等教育の女学校はなく、梅本町公会(※7)や浪花公会の信者からは自分たちの娘に近代的な教育を受けさせたいという声が上がるようになります。

その声に応えようと、保羅と仁蔵は、明治11(1878)年、英語も教える女子中等教育の場、独立・自給の精神による「梅花女学校」を開校させたのでした。

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保羅が初代牧師となった大阪の浪花教会(梅花学園資料室蔵)
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大阪教会の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

保羅と関係が深い大阪教会(梅花学園資料室蔵)。日本女子大学の創立を支援する女性実業家・広岡浅子(ひろおか あさこ)は後に大阪教会で洗礼を受ける
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内海忠勝の顕彰碑の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

玄済寺の天神山公園(山口市吉敷)。幕末の戦いで亡くなった隊士たちの御霊(みたま)をまつった墓や内海忠勝の顕彰碑などがある。境内に吉敷毛利家墓所もある
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  • ※1 アメリカ留学中、キリストの使徒パウロにちなみ、馬之進(うまのしん)から保羅へ改名。本文※1へ戻る
  • ※2 毛利家一門の一家。毛利元就(もうり もとなり)の末子・秀包(ひでかね)を始祖とする。本文※2へ戻る
  • ※3 西洋の科学・技術・西洋事情に関する学問、西洋の語学。本文※3へ戻る
  • ※4 岩倉使節団に随行して欧米を視察。後に兵庫県・長野県・神奈川県・大阪府・京都府の各知事、内務大臣を務める。本文※4へ戻る
  • ※5 現在の浪花教会。本文※5へ戻る
  • ※6 室津小学校(上関町)、二島小学校(山口市)。本文※6へ戻る
  • ※7 現在の大阪教会。なお、梅本の梅と浪花の花を取って梅花女学校と命名。本文※7へ戻る
【参考文献】
茂義樹編『澤山保羅全集』2001
平和生『郷土の偉人 愛と祈りの人 澤山保羅』2006
平和生『郷土の偉人 憂国熱血の人 成瀬仁蔵』2014
武本喜代蔵『澤山保羅伝』1996
中嶌邦『成瀬仁蔵』2002
中嶌邦『成瀬仁蔵研究 教育の革新と平和を求めて』2015
日本女子大学総合研究所『日本女子大学総合研究所紀要』1 1998
日本女子大学編『日本女子大学学園事典』2001
梅花学園100周年記念出版委員会編『梅花学園百年のあゆみ』1977など
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