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2015年10月9日号 vol.301
おもしろ山口学/楫取素彦と二人の妻 寿と美和

写真:楫取素彦旧宅地(桜楓山荘跡)(長門市)

第4回 明治新政府の官僚に。しかし辞任。隠棲へ

明治4(1871)年までの楫取素彦を紹介します。

長州軍と幕府軍による幕長戦争は事実上、長州軍の勝利で幕を閉じました。その翌年の慶応3(1867)年、楫取素彦(かとり もとひこ)が妻・寿(ひさ)と住んでいた山口の家に、以前から交流のあった勤王の女流歌人・野村望東尼(のむら ぼうとうに。もとに)(※1)が一時寄寓することになり、寿も望東尼と親しく交流します。

その年の9月、素彦は奥番頭(おくばんがしら)に昇進します(※2)。奥番頭とは、藩主に最も近く、いわゆる側用人に当たる役です。素彦が藩主・毛利敬親(もうり たかちか)にいかに厚く信頼されていたかが分かります。

やがて10月、長州と薩摩の武力による討幕の気運が高まる中、幕府側は朝廷に「大政奉還」を申し出て受理されます。しかし、長州と薩摩は急進派の公家と連携して「討幕の密勅」を引き出しており、討幕へ向けて兵を京都に集結させていきます。素彦は藩の諸隊参謀として兵を率い、京都へ向かいました。

そして12月に入京後間もなく、時代が大きく動きます。朝廷によって「禁門の変」の処罰として剥奪されていた藩主父子の官位が復旧されるとともに、「王政復古の大号令」が発せられたのです。ここに新政府の樹立が宣言され、天皇のもとに総裁・議定(ぎじょう)・参与が設けられ、その三職を中心に政治が行われることとなりました。

新政府のエリートの道を離れ、藩主の元へ

年が明けて明治元(1868)年1月、旧幕府軍が入京しようとして京都南郊で鳥羽・伏見の戦いが始まります。素彦は薩摩の西郷隆盛(さいごう たかもり)と連携して戦い、新政府軍が勝利を得ます。そして、素彦は新政府の参与に任じられます。長州から参与となったのは木戸孝允(きど たかよし)ら5人のみ(※3)。いずれもその後、新しい日本の国づくりで活躍していった人物ばかりでした。

ところが素彦は2月に参与を辞職します。素彦を信頼する藩主から手放してもらえなかったためで、素彦は敬親の意に応え、長州へ戻ります。明治2(1869)年、版籍奉還が行われ、世子・元徳(もとのり)が初代山口藩知事(知藩事)となります。明治3(1870)年2月、素彦は藩の権大参事(ごんのだいさんじ)(※4)となりますが翌月には辞任(※5)。そして明治4(1871)年3月、素彦が支えてきた旧藩主・敬親が、この世を去ります。7月には藩は廃止されて山口県となり、元徳は藩知事を辞し、東京へ。

そんなころ、素彦は寿と共に三隅村二条窪(現在の長門市)の農村へ移り住みます。時代が大きく変わり、胸に穴が開いたような思いが素彦を隠棲へと向かわせたのかもしれません。

旧山口藩庁門の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

旧山口藩庁門。現在の山口県庁敷地の一角に残る(山口市)
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香山墓所の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

毛利敬親が眠る萩藩主毛利家墓所「香山(こうざん)墓所」(山口市)。国指定史跡
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村田清風記念館の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

「村田清風(むらた せいふう)記念館」(長門市)では、平成28(2016)年1月11日(月曜日・祝日)まで特別企画展「楫取素彦と妻・寿展『旅立ちの地』」を開催中。二条窪での夫妻の暮らしを紹介。寿の手紙なども展示
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関連リンク
旧山口藩庁門
萩藩主毛利家墓所「香山墓所」
村田清風記念館
  • ※1 高杉晋作(たかすぎ しんさく)をかつて九州でかくまった人物。その後、三田尻(現在の防府市)で病気となり、寿は山口から三田尻へ駆け付けて見舞った。本文※1へ戻る
  • ※2 このとき藩命により、「小田村(おだむら)」を改め、「楫取」となる。本文※2へ戻る
  • ※3 他に伊藤博文(いとう ひろぶみ)、広沢真臣(ひろさわ さねおみ)、井上馨(いのうえ かおる)。本文※3へ戻る
  • ※4 大参事は知藩事の下に置かれた官。正大参事(現在の副知事)・権大参事があった。なお素彦は明治2(1869)年12月に三田尻管事を兼務、翌年3月には三田尻管掌となって明治4(1871)年春まで務めたという。本文※4へ戻る
  • ※5 戊辰戦争後、藩が諸隊の解散を決め、憤慨した脱隊兵が藩と対立。そのさなかに権大参事となった素彦は鎮撫に努めたが、藩は武力鎮圧を強行。責任を取り、藩政府員は総辞職した。本文※5へ戻る
【参考文献】
一坂太郎『楫取素彦と吉田松陰の妹・文』2014
NHKなど『2015年NHK大河ドラマ特別展「花燃ゆ」』展示図録2015
公益財団法人毛利報公会『吉田松陰投獄後の松下村塾を託されていた 男爵 楫取素彦の生涯』2012
小山良昌「敬親公の懐刀 楫取素彦」『維新史回廊だより』第23号 2015
道迫真吾『楫取素彦-「至誠」を体現した松陰の盟友-』2014
広瀬敏子『松陰先生にゆかり深き婦人』1936など
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