ここから本文

2015年2月13日号 vol.287
やまぐち幕末維新寄り道紀行
JR下関駅エリアで寄り道

誕生地や旧宅地、寺社に石碑に記念館。山口県には、幕末の志士ゆかりの地がたくさん。
歴史好きのあなたに贈る、憧れの聖地から行く寄り道企画!

JR下関駅エリアで寄り道の後編! 幕末の志士・高杉晋作(たかすぎ しんさく)(※1)が決起した長府の功山寺(こうざんじ)からJR下関駅までは、路線バスで美しい関門海峡を眺めながら約30分。JR下関駅周辺には、徒歩圏内に晋作ゆかりの地がいっぱい! 下関観光ガイドの会の平松資朗(ひらまつ しろう)さんのご案内で、さぁ! 行ってみましょう!


多くの志士の魂をまつった「櫻山神社」

櫻山(さくらやま)神社は、高杉晋作の発議により創建された全国初の招魂場です。吉田松陰(よしだ しょういん)の名が刻まれた霊標を中心に、高杉晋作や久坂玄瑞(くさか げんずい)などの高名な志士をはじめ維新に尽くした人々が、身分に関係なく等しくまつられています。ここ、桜の名所でもあるんですよ。


櫻山神社の石段の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

前回に引き続き、またまた階段から始まります!
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞ら維新志士の霊標の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

吉田松陰の霊標の隣に位置するのは、高杉晋作と久坂玄瑞の霊標
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

晋作の漢詩碑の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

招魂場の完成の祭事の際、晋作は、「弔らわる人に入るべき身なりしに 弔う人となるそ はずかし」と詠み、神前に献じました
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。


晋作と共に決起した隊士が残した刀傷!?「了圓寺」

櫻山神社の近くにある了圓寺(りょうえんじ)は、元治元(1864)年、功山寺で決起した晋作たちが萩藩新地会所を襲撃した後に立てこもった寺です。「元治2(1865)年、伊藤俊輔(いとう しゅんすけ。後の博文(ひろぶみ))は、本堂前のこの階段に片足をかけて、幕府への恭順を主張する俗論派を討つ理由を書いた「討奸檄(とうかんげき)」を走り書きしたんですよ」と平松さん。そんな逸話が今も伝わるなんて、志士たちのたぎる思いが満ちた場所だったんだなぁ。お寺の方にお願いして、当時の隊士たちが付けたと伝わる本堂の柱の刀傷を拝見。殺気立ったあの時代の空気が今でも感じられるようです。見学は、お寺の方にご相談してみてくださいね。

了圓寺の山門の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

了圓寺。山門は、長府藩が攘夷(じょうい)戦に備えて築いた勝山(かつやま)御殿から移築されたもの
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

当時の隊士たちが付けたと伝わる本堂の柱の傷の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

柱には二筋の傷が。建物の中で、随分と大暴れをしたものです
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。


今も現役! 萩藩の米蔵

太い梁で組まれた米蔵の天井の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

かつては萩藩の米蔵。今も倉庫として現役!
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

「次は、萩藩の米蔵が一部残っている場所へご案内しましょう」と平松さん。訪れたのは了圓寺からほど近い伊崎町の路地にある(有)下中(しもなか)建材店さん。お店の方に、かつて萩藩の米蔵だったという倉庫を見せていただきました。高い天井と驚くほど太い梁(はり)で組まれた構造に圧倒されます。


情緒あふれる伊崎町の路地の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

情緒あふれる伊崎町の路地
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

「ちなみに、伊崎町や新地の路地は映画『出口のない海』や『ヘレンケラーを知っていますか』のロケ地にもなったんですよ」とガイドの平松さん。確かに懐かしさを感じる情緒あふれる路地でした。


晋作が潜伏!? とっくり小路の「ひょうたん井戸」

ひょうたん井戸の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります"

ひょうたん井戸
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

慶応元(1865)年、馬関(下関)開港を目指す晋作は、それに反対する長府藩士らに命を狙われる身に。とっくり小路(こうじ)のひょうたん井戸は、そんな晋作が身を隠したと伝わる井戸です。個人の敷地付近なので、見学の際はご配慮くださいね。


海峡を見下ろす晋作像がある「日和山公園」

今回の寄り道の最後は、関門海峡が見える丘の上にある日和山(ひよりやま)公園。没後90年を記念して建立された晋作の陶像があります。「同志である勤王歌人・野村望東尼(のむら ぼうとうに)が徹夜で手縫いした衣服をまとい、好みの長い刀を持ち、萩の俗論党政府を武力で倒す決意をして力強く立つ晋作さんの姿です」と平松さん。維新の礎を作り、「自分は死んでも、天満宮(※2)のように赤間関の鎮主となる」と言った晋作が、まさに今も海峡を見守っているのです。この公園は桜の名所で、桜の季節には多くの花見客でにぎわいます。晋作もきっと喜んでいるでしょう。この陶像のそばには、望東尼の流刑地、玄界灘(なだ)の姫島の石もあります。

高杉晋作の漢詩と望東尼の歌碑の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

晋作の漢詩や望東尼の歌碑もあります
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

日和山公園の晋作の陶像の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

日和山公園の晋作の陶像
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。


ガイドの平松さんの写真

ガイドの平松さん「皆さまのお越しを楽しみにしています!」

この近くには、久坂玄瑞が下関での攘夷戦争の際に駐屯した光明寺(こうみょうじ)もあります。下関を訪れたら、ぜひこのエリアに寄り道してみてくださいね!


※1 松下村塾(しょうかそんじゅく)の門下生。号は東行(とうぎょう)。身分を問わず志のある者を募った奇兵隊(きへいたい)を創設
※2 菅原道真(すがわら みちざね)をまつる神社。


寄り道情報「みもすそ川別館」
関門海峡を一望する「みもすそ川別館」は、山口県産木材の利用拡大を目的とした平成25年度の「木(こ)だわり空間整備事業」により共用空間が整備されたお宿。やまぐちブランドの「優良県産木材」をふんだんに使用した空間には、スタッフが厳選した図書も並んでいて、ゆっくりくつろぎたくなります。ここは、地産・地消に取り組む「やまぐち食彩店」でもあるんですよ。

県産木材を使用した館内の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

県産木材を使用した館内
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。

館内に取り揃えられた本の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

木(こ)だわり空間でくつろぎながら読書はいかが?
※写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります。


ページの先頭へ戻る



ページの先頭へ