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2013年11月8日号 vol.261
おもしろ山口学/萩から伊勢へ、山陰へ?犬1匹の伊勢参り/写真:諸事小々控

写真:諸事小々控

犬1匹をめぐって藩政府が右往左往した騒動を萩藩の記録から紹介します。

伊勢神宮(※1)の20年に1度の遷宮(※2)が行われた今年、全国各地からの伊勢参りが話題になっています。江戸時代も一生に一度は伊勢参りを、と多くの人が願ったものの簡単には行けず、せめて自分の代わりに、と送り出された犬が単独で伊勢参りをする、という信じられないことが各地で起きていました(※3)

犬単独の伊勢参りは、「伊勢参宮」などと書いた木札や銭をひもに通して首に結んで犬を送り出し、道中、気付いた人々が、その銭を使って食べ物を与えるなどして行われました。ときには感心した人々が、犬にお金を施してやったり、宿駅ごとに犬を継送(つぎおくり)(※4)という方法で順々に運んでやったりすることもありました。

萩藩の国元役所と江戸の藩邸との連絡の記録(※5)によると、文化9(1812)年、長門国(ながとのくに。現在の山口県北部・西部)からも伊勢参りに出た犬がいました。それによれば「長州萩城下 大岡三郎左衛門の犬」と書かれた紙が入った竹筒を下げた伊勢参りの犬1匹が、伯耆国(ほうきのくに。現在の鳥取県)などを通って(※6)、石見国(いわみのくに。現在の島根県西部)から萩へ、あおだ(※7)で継ぎ送られてきて困っている、というのです。

そこには、続いて次のようにあります。「大岡三郎左衛門という者は、家来にも萩のまちにもいないようです。当分、犬は藩の小屋に差し置き、金品も役所に預けおきますが、どうしても飼い主が見つからない場合、犬は望みの者に与えます。万一、幕府からこの犬についての問い合わせがあったときのために、江戸の藩邸に知らせておきます」。

犬の土産は、金銀銭の大金と伊勢神宮のお札と出雲大社のお守り?

その犬は、萩に5月に帰り着いたとき、金子1両、銀約42匁(もんめ)、銭15貫を持ち帰っていました。現在の貨幣価値に換算して約33万円もの大金です。別の紙も添えられ、そこには「兵庫近辺から送り戻されているので伊勢には参っていないと思うのですが、どこの国なのか、安木町という所の送り状からは伊勢のお祓(はら)い札が加えられています」とのこと。その紙の文言通り、犬は伊勢神宮のお札、さらに出雲大社(※8)のお守りまで持ち帰っていました。

もともと飼い主が付けた添え状には、こう記してありました。「この犬は伊勢参宮を願い、2月20日に出立しました。道中、ご面倒ながら集まった銭で食べ物を整えてやってくださるようお願いします。信心深い方はご飯をお振る舞いください。おって、なるべく魚をお与えください」。

その記録からは国を越えて1匹の伊勢参りの犬を世話した多くの人々のおおらかさ、藩役人の困り顔など、江戸時代の何げない日常が浮かび上がってきます。ちなみに別の記録(※9)によれば、犬の飼い主はその後無事判明したようです。めでたし、めでたし。

伊勢参宮の犬『江戸府内絵本風俗往来』の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

伊勢参宮の犬『江戸府内絵本風俗往来』(県立山口図書館蔵)より
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「諸事小々控」の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

「諸事小々控」(県文書館蔵)。犬の飼い主の添え状の内容や、犬が持ち帰った金銀などが記されている。
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伊勢神宮の御神札の1種(むろやの園蔵)の写真/写真をクリックで拡大。Escキーで戻ります

伊勢神宮の御神札の1種(むろやの園蔵)。なお、この件とは直接関係はない。
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  • ※1 三重県にある。皇室の祖先神を祭り、最高の特別格の神社とされた。本文※1へ戻る
  • ※2 神殿を造営、または改修して神座を移すこと。本文※2へ戻る
  • ※3 仁科邦男『犬の伊勢参り』に多くの実例が紹介されている。ここで紹介する萩藩の事例は同書にはない。なお、本来、伊勢神宮へ犬を連れて参ることは禁忌。本文※3へ戻る
  • ※4 江戸時代、貨客を街道の宿駅ごとに順々に送り継いだ方法。本文※4へ戻る
  • ※5 毛利(もうり)家文庫「諸事小々控(しょじこまごまびかえ)」(県文書館蔵)による。本文※5へ戻る
  • ※6 出雲街道の板井原宿(いたいばらしゅく。現在の鳥取県日野町)から京都・大坂方面へ送られたが、山陽道の兵庫(現在の兵庫県神戸市)、山陽道と美作道(みまさかみち)の分岐点・下手野村(しもてのむら。現在の兵庫県姫路市)などを経て板井原宿へ送り返された。本文※6へ戻る
  • ※7 竹や木などで編んだものに縁を付け、竹の棒でつるし、負傷した人などを乗せて運んだ粗末な輿(こし)。本文※7へ戻る
  • ※8 島根県出雲市にある。本文※8へ戻る
  • ※9 毛利家文庫「草舎(そうじゃ)年表」(県文書館蔵)による。本文※9へ戻る
【おすすめリンク】
県文書館
【参考文献】
仁科邦男『犬の伊勢参り』2013
毛利家文庫「諸事小々控」
毛利家文庫「草舎年表」
山口県文書館 月間小展示「伊勢神宮と山口」2013など

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