応援します!「山口ふるさと大使」

山口県では、県外で活躍中の本県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、さまざまな魅力のPRにご協力いただいています。毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」が語る山口県の魅力をご紹介します。

第15回 株式会社くろがね工作所 代表取締役社長:神足泰弘(こうたり やすひろ)さん

神足泰弘さん

1934(昭和9)年周南市(旧・徳山市)生まれ。県立徳山高等学校を卒業後、上京。一橋大学商学部を卒業後、1963(昭和38)年に株式会社くろがね工作所に入社。1984(昭和59)年から株式会社くろがね工作所(本社は大阪市、主にオフィス家具、学習家具や医療、老人福祉施設向け建築内装設備、空調クリーン機器などを製造するメーカー)代表取締役社長。1999(平成11)年に藍綬褒章を受章(産業振興功労)。1994(平成6)年6月から2000(平成12)年7月まで、および2001(平成13)年11月から現在まで関西山口県同郷会(※1)会長を務めている。

ふるさと一言Q&A

Q.ふるさとの好きな場所は? 周南市中須(なかず)北地区の棚田です。春はレンゲ、夏は田植え、秋は稲刈り、冬は雪の棚田。四季折々の風景が懐かしいですね。
Q.他県の方にお薦めの山口県の観光地は? 青海島(おおみじま)(※2)です。船で巡りながら仰ぎ見る断崖絶壁の迫力が素晴らしくて。会社の研修旅行で、社員と青海島へ旅したことがあります。
Q.帰郷すると食べたくなる物は? 風味があり、独特の歯応えがある焼き抜きかまぼこです。
Q.山口県のおみやげといえば? 周南市にある江戸時代から続く酒蔵の銘酒。おいしい酒です!

周南市中須北地区の棚田
周南市中須北地区の棚田
青海島(長門市)
青海島(長門市)
焼き抜きかまぼこ
焼き抜きかまぼこ
関西山口県同郷会の総会の様子
関西山口県同郷会の総会の様子

ふるさとでの少年時代、どんなことが思い出に残っていますか?

神足さん今は廃校になった中須中学校を1950(昭和25)年に卒業したとき、周防大島(すおうおおしま)にある大島商船学校(※3)へ卒業旅行に行ったんです。交通手段が今ほどなく、トラックの荷台に50人、乗せてもらい、国鉄の駅へ。そこからSLに乗り、大畠(おおばたけ)で連絡船(※4)に乗って大島へ。そこでカッター(ボート)を教わり、山で育った私は「ああ、海って素晴らしいなあ」と。それが元で大学では、ボート部に入ったんですよ。

会の前身も含めると、設立以来120年を超える歴史を持つ関西山口県同郷会では、毎年6月、萩出身の実業家・藤田伝三郎(ふじた でんざぶろう)(※5)ゆかりの「太閤園(たいこうえん)」(※6)で総会を開催し、会員同士の交流を深めておられますね。

神足さんはい。1889(明治22)年に会員活動を始め、現在約500人の会員がいます。相互の親睦を深め、微力ですが、山口県の発展に寄与しようと活動しています。史跡巡りや異業種交流など10のサークル活動も盛んに行われているんですよ。

関西山口県同郷会では、山口県選手が関西での大会に出場する際には、さまざまな形で応援してくださっていますね。

神足さんやはりふるさとを最も身近に感じるのは、スポーツ応援行事ですね。春と夏の甲子園や、全国高校駅伝、全国高校ラグビー大会…。共通のオレンジ色の法被を作って応援しています。そのときに合わせて同窓会も行われるんですよ。勝てば祝勝会、負けたら残念会。どちらにせよ、酒は欠かせません(笑)。

今年の「選抜高校野球大会」には、下関市の早鞆(はやとも)高校が春のセンバツとしては初めて、また、甲子園出場としては1967(昭和42)年の夏以来の出場となります。監督は元プロ野球選手。チームの活躍が期待できますね!

神足さんええ。立派なチームのようですね!評判、いいですよ。伝統校でもありますしね。だから、私たちも例年以上に熱くなっているんです。ぜひ頑張ってほしいです!

最後に、山口ふるさと大使として一言お願いします!

神足さんグローバル化時代の今、山口県をベースとして、国内外への情報発信や事業展開も可能だと思います。関西にも明治以来の事業インフラの蓄積があり、情報ネットワークや最先端の産業技術を研究しているセンターも整備されています。若い世代の方、関西へ(笑)。そして関西在住の山口県出身の方、気軽に関西山口県同郷会の会員になってください。

  • ※1 関西地域に居住する山口県出身者などが、会員相互の親睦とふるさと山口県の交流を図る団体。現在、会員は約500人。
  • ※2 長門市の海上に浮かぶ周囲40キロメートルの島。別名「海上アルプス」と呼ばれている。
  • ※3 現在の大島商船高等専門学校。
  • ※4 1976(昭和51)年の大島大橋の架橋後、廃止。
  • ※5 琵琶湖疏水(びわこそすい)などの土木工事のほか、多彩な事業を展開した実業家。
  • ※6 伝三郎が1909(明治42)年ごろ築造した網島(あみじま)御殿が母体の結婚式場。今も往時の東邸が残る。

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