おもしろ山口学

萩市見島の年越し行事

家族や地域の幸福を願う行事が受け継がれている見島(みしま)の年越し・正月を紹介します。

萩商港(※1)から日本海を北西へ約45キロメートル、高速船「おにようず」(※2)で70分のところにある萩市の離島・見島。この島では、大みそかは、1年を無事に過ごすための特別な日として意識され、伝統的な行事が今も受け継がれています。

新年を迎える行事は年末、神社の注連縄(しめなわ)に当たる正月飾りを作るころから始まります。見島の正月飾りの形は多彩で、飾る場所も屋敷地の出入り口や玄関、神棚、仏壇、床の間、台所、臼、風呂場、トイレ、井戸、納屋、牛舎、鶏舎、田畑、船、浜など数多くあります(画像を参照)。

また、室内の床の間などには、独特の飾りを施した餅(画像を参照)が供えられるなどして、各家庭で念入りに、年を越す行事の場が整えられます。

このころから正月(※3)の間には、日常の仕事を休止し、大声を出さないこと、刃物を使わないことなど、さまざまな約束事があります。縁起を担いで、用いてはならない言葉もあり、例えば、病気になることにも通じる「寝る」は「稲を積む」、「餅が小さい」は「餅が若い」(※4)などと言い換えられてきました。

身の回りを整えて、日常とは異なる慎んだ生活を送り、幾つもの手順を踏みながら新年を迎えるのです。

餅は穀物の生命力をつき固めた「トシダマ(年玉)(※5)」

新年を迎える中で最も大事なのは、大みそかの「年越しの行事」です。年越しに当たってはまず、大みそかの夜中、海へ潮水をくみに行きます。手おけなどに入れた潮水にナンテンの葉などを浸し、家の敷地や井戸、屋敷内などに振り掛けて清めて回ります。

続いて、井戸でくんだ「ワカミズ(若水)(※6)」を沸かして入れたお茶を、梅干し入りの湯飲みに注いだ「オオブクチャ(大福茶)」としていただきます。そして必ず、焼いた丸餅をいただきます。

古来、日本では、米の一粒一粒に命が宿ると考え、大切にしてきました。そのような米をつき固めた餅は生命力にあふれたものと考えられます。その餅を食べて生命力を増し、オオブクチャを飲んで大きな福をいただく行事には、迎える年を元気に幸福に過ごせますようにという願いが込められているようです。

元旦、目を覚ましたら、神仏に供えていた餅などを降ろし、雑煮を作り、家族や神仏などと共にいただきます。

親から子へ受け継がれてきた伝統行事。その形から、家族など地域みんなの一年を通した日常の無事や幸福を、年の初めに祈ってきた先人たちの心が伝わってきます。


※1 萩市浜崎町にある、萩市見島・大島・相島への離島航路の発着港。
※2 おにようずという船の名は、見島の大だこ「オニヨウズ(鬼揚子)」から由来。鬼揚子とは、長男が初正月を迎える家で作られる、鬼面を描いた6から8畳敷大のたこ。健やかな成長を願い、正月に揚げられる。
※3 正月飾りを作るころから仕事始めまでの期間。
※4 理由は不明。若いという言葉には、大きく成長することへの願いが込められているように解釈できる。
※5 年玉とは正月の贈答品。生命力あふれる餅をいただくことで、一年間の健康や幸いを授かる。それは年初めの最大の贈り物と考えられる。
※6 その年(新年)初めてくむ水。夜中の年越し行事によって、すでに新年が始まる。

参考文献
吉留徹・清水満幸「見島の民俗」『萩市郷土博物館研究報告』第4号1990など

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