おもしろ山口学

山口県文書館の資料から見える昭和38年山口国体のころ

記録写真や新聞、報告書などの記録を通して見えてくるものを紹介します。

県文書館では、第6回中国四国地区アーカイブズウィーク「ポスター・写真・映像に見る昭和のやまぐち-昭和38年山口国体のころ-」を6月1日(水曜日)から5日(日曜日)まで開催します。

藩政時代の文書や県の行政文書など、約49万点を収蔵する県文書館には、1963(昭和38)年の山口国体のものも多く、県内全57市町村(※1)で行われた第18回国民体育大会旗リレーの記録写真もあります。大会旗リレーは、大会旗を前回開催地から次の開催地へと受け渡していくもので、このときは岡山市を10月9日に出発し、広島県を経て、山口県内を地域の人々のリレーによって一巡し、27日に山口市の開会式会場(※2)に到着しました。

右の写真は、そのリレーを下関市(※3)で写したものです。写真を見ると、国道はコンクリート舗装で、後に廃止される市街電車の軌道も写っています(※4)。走者をよけて走る急行バスには、中央の乗降口しかなく、切符の販売などを行った車掌が同乗していたと思われます。そして、その後方に見えるのは、今では見られないオート三輪(※5)の姿です。山口国体の記録写真は、当時の社会状況を生き生きと物語る貴重な資料にもなっているのです。

山口国体が山口県に残したもの

『山口国体のまとめ』(※6)を見ると、山口国体は翌年に東京オリンピックを控え、世界新や日本新など計340もの新記録が誕生した、国体開始以来の記録ラッシュの大会だったことが分かります。

また、山口国体の報告書(※7)には、県陸上競技場をはじめ、各市町営の体育館や学校体育館など、全24カ所の会場が新設されたことが記されています。当時は自動車社会が進展し始めたころで、山口市では中心市街地を貫く国道9号の整備をはじめ、県内各地で国道や県道の改良・舗装などが行われました。ちなみに、県道のナツミカン色のガードレールも国体を機に整備されたものです。

報告書には、参加章・記念章の図案を山口県生まれの画家 香月泰男(かづき やすお)(1911-74年)が制作したことも記されています。ウサギやトビウオなどを用いた斬新な図案は、従来の参加章・記念章とは全く異なり、シベリア抑留体験を描いた「シベリア・シリーズ」で知られる香月の個性が伝わってきます。

今年10月開催の「おいでませ!山口国体・山口大会」の記録資料(アーカイブズ)は未来に何を語ってくれるのか、楽しみです。

※1 現在は19市町。
※2 県陸上競技場で開催。後に維新百年記念公園として整備。
※3 関門海峡沿いの国道9号。
※4 唐戸-長府間は1969(昭和44)年廃止。市内の全面廃止は1971(昭和46)年。
※5 3つの車輪で走る貨物自動車。
※6 山口県国体事務局『第18回国民体育大会 山口国体のまとめ(昭和38年11月20日)』1963
※7 第18回国民体育大会山口県実行委員会『第18回国民体育大会報告書』1964

参考文献
第18回国民体育大会山口県実行委員会『第18回国民体育大会報告書』1964

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