応援します!「山口ふるさと大使」

山口県では、県外で活躍中の本県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、さまざまな魅力のPRにご協力いただいています。毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」が語る山口県の魅力をご紹介します。

第7回 財団法人 日本食生活協会 会長:松谷満子(まつたに みつこ)さん

松谷満子さん

1927(昭和2)年光市生まれ。室積(むろづみ)高等女学校を卒業後、山口県衛生部に勤務。1956(昭和31)年、財団法人日本食生活協会の創立に伴い、同協会の指導部長に就任。1979(昭和54)年、会長に就任。その後、厚生省「健康日本21企画検討会」委員、「食生活指針策定検討会」委員、「フードガイド検討会」委員を務める。2007(平成19)年以降、協会会長職を非常勤で務める。厚生大臣表彰(栄養改善功労)、内閣総理大臣表彰(婦人の地位向上功労)、藍綬褒章受章。

ふるさと一言Q&A

Q.ふるさとの好きな場所は? 瑠璃光寺五重塔やサビエル記念聖堂などの県庁周辺が懐かしいですね。
Q.他県の方にお薦めの山口県の観光地は? 秋芳洞(あきよしどう)や萩。夏、山を越えて萩に入ると夏ミカンの香りがして、ああ、萩に着いたと思ったものです。
Q.帰郷すると食べたくなる物は? 瀬戸内の小魚。よく小さなメバルを背ごしにして酢じょうゆで食べていましたね。
Q.山口県のおみやげといえば? かまぼこ、干しエビ、山口の和菓子など。

サビエル記念聖堂サビエル記念聖堂
夏ミカン夏ミカン
メバルメバル
象鼻ヶ崎象鼻ヶ崎

光市のご出身だそうですね。思い出の多いふるさとの場所を教えてください。

松谷さん私は室積で育ち、象鼻ヶ崎(ぞうびがさき)にあった県女子師範附属小学校(現 山口大学附属光小学校)で学びました。当時は戦時中で、7月に入ると教室での授業はなく、小学校前の御手洗湾(みたらいわん)で朝から水泳。お昼になると、びしょびしょの水着を脱いで石の上で乾かし、その後、また水泳。夏の終わりは、湾内から半島をまわる2キロメートルの遠泳大会で仕上げるのが恒例行事でした。84歳の今も健康なのは、当時の基礎体力作りのおかげだと思います。

山口県庁勤務を経て、日本食生活協会の創立後は、栄養指導車(キッチンカー)による食生活改善活動の全国的な展開などに尽力されたそうですね。

松谷さんはい。私が県庁に勤め始めた1947(昭和22)年ごろ、長門市仙崎には、中国や朝鮮半島からたくさんの方々が引き揚げてこられ、衛生部にはひっきりなしに電話が掛かってきたものです。日本食生活協会が創立された1956(昭和31)年ごろは、まだ米不足の時代。協会では、12台のキッチンカーをつくり、米の代わりに粉食(※1)を1日1回取り入れましょうと呼び掛け、パンに合う料理やめん類などを広めるため、例えば、そうめんを冷やし中華風にしたメニューなどを教えながら、日本全国を栄養士さんたちと巡回しました。田んぼや神社のそばに止めたキッチンカーの周りには、お母さんたちが野良着姿のまま、たくさん駆け付けてくださって。キッチンカーで使った中華鍋も好評で、それを機に、中華鍋は全国へと普及したんですよ!

食生活改善推進員(ヘルスメイト)(※2)の組織化にも尽力されたそうですね。活動を長年見てこられて、どう感じておられますか?

松谷さん山口県には現在、3,022人のヘルスメイトの皆さんがおられ、子育て中のお母さんに朝食の大切さを教える取り組みや、壮年期の男性を対象にしたメタボ(※3)予防教室など、さまざまな活動を熱心にされています。その活動は、全てボランティアなんですよ!また、ヘルスメイトの皆さんは、全国各地で「ふれあい一皿運動」もされています。今、地域で一人暮らしの高齢者が増える中、みんなでおかずの一皿を、優しい言葉を添えて届け合ったりして、支え合う社会にしていきたいものです。

山口ふるさと大使として、山口県への応援メッセージを一言お願いします!

松谷さん山口県は優しい県民性、優しい言葉を持つ県だと思います。母がお嫁さんを「おごうさん」(方言でお嫁さん、奥さんなどの意味)、母の兄や姉を「あにさま」「あねさま」と呼んでいたのを思い出します。10月開催の「おいでませ!山口国体・山口大会」に「おいでませ」という方言が付いているのが、とてもいいですね。県外から来てくださる皆さんに、歓迎の気持ちや山口県の良さは、きっと伝わると思います。私も、食を通じて、山口県の特産品や食文化の魅力をPRし、応援していきたいと思います。


※1 小麦粉など、穀物を粉にして、めん類やパンなどにして食べること。
※2 地域で食生活の改善などをテーマに活動している皆さん。
※3 メタボリックシンドローム。

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