応援します!「山口ふるさと大使」

山口県では、県外で活躍中の本県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、さまざまな魅力のPRにご協力いただいています。毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」が語る山口県の魅力をご紹介します。

第5回 漫画家 弘兼憲史(ひろかね けんし)さん

弘兼憲史さん

1947(昭和22)年岩国市生まれ。高水(たかみず)高等学校付属中学校、高水高等学校を卒業後、上京。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業株式会社(現在のパナソニック株式会社)へ入社。1974(昭和49)年、漫画家としてデビュー。1983年から代表作「課長島耕作(しま こうさく)」の連載を始め、現在『社長島耕作』(『モーニング』講談社)、『係長島耕作』(『イブニング』講談社)、『黄昏流星群』(『ビッグコミックオリジナル』小学館)を連載中。1985(昭和60)年『人間交差点』(矢島正雄さん原作)で小学館漫画賞、1991年『課長島耕作』で講談社漫画賞、『黄昏流星群』で2000(平成12)年に文化庁メディア芸術祭優秀賞、2003(平成15)年に漫画家協会賞大賞を受賞。2007(平成19)年紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章。

ふるさと一言Q&A

Q.ふるさとの好きな場所は? 実家に近く、子どものころよく遊んだ「錦帯橋(きんたいきょう)」、錦川。
Q.他県の方にお薦めの山口県の観光地は? 岩国、秋吉台。母の実家に近い下関市豊北町の「角島(つのしま)」。
Q.帰郷すると食べたくなる物は? 下関の「カジメ」(海藻)。刻むとネバネバしておいしいんです。そして、下関市豊北町粟野(あわの)川の「青のり」!岩国のウ飼い船の七輪(しちりん)で焼いた「若アユ」!「アユうるか」もいいですね。
Q.山口県のおみやげといえば? 焼き抜きかまぼこ!あれほど弾力があって、歯ごたえのいいかまぼこは、ほかにないですよ。薄く切って、ワサビじょうゆで食べるのがお薦めです。

錦帯橋・錦川錦帯橋・錦川
アユアユ
焼き抜きかまぼこ焼き抜きかまぼこ
山口芸術短期大学での講義山口芸術短期大学での講義

弘兼さんの作品には、ふるさと岩国の風景が登場するものがありますね?

弘兼さんええ。「ホットドッグララバイ」ですね。母が米軍岩国基地の近くで呉服屋をしていたので、そのころを思い出しながら描いたんです。その作品には、エルビス・プレスリーが登場するんですが、プレスリーが岩国基地へ慰問に来たといううわさを母が聞いていて、そこから想像をふくらませて描いたんです。そのころプレスリーは、ハワイで映画を撮っていた時期。本当に岩国に来たことがあったかも(笑)。中学校にはボランティアでアメリカの方が英語を教えに来ていたし、夏のキャンプに行くと、米軍兵がテントの張り方を教えてくれたり、干し肉等の野戦食を差し入れしてくれたり…。子どものころは戦争の意味を考えることはなくて、外国人になじんでいましたね。よく遊んだ錦川とともに、米軍基地はふるさとの思い出に欠かせないものです。

代表作の島耕作シリーズ。『課長島耕作』に始まり、部長、取締役、常務、専務と出世し、今は『社長島耕作』に。島耕作は、出身地が岩国市、最終学歴が早稲田大学法学部、初入社は初芝電気産業株式会社。弘兼さんを連想させるプロフィールですね?

弘兼さんええ。でも、深い意味はないんですよ。マスコミから「どういうプロフィールなんですか」と聞かれるようになり、以前言ったことを忘れて違うことを言わないよう、自分の経歴に統一したんです。もう一人の僕というわけじゃないんですよ(笑)。

お忙しい中、山口大学や徳山大学、山口芸術短期大学の客員教授も務めておられますね。今は就職難の時代。学生たちと接していて思うことがありますか?

弘兼さん僕が就職したころは、大学を卒業したのに就職できないなんて、考えられないことでした。でも、入社後、研修期間を経て、僕が希望した部署(セールスプロモーションを担当する販売助成部)へ配属される確率は、約400~500分の1だったんです。だから、研修中、お客さんの目に留まりやすいように手描きでプライスカード(値札)を作ったり、いろいろな提案をしたり、積極的に自分をアピールし、その結果、希望部署へ配属されたんです。今の時代、ハングリー精神が欠けているんじゃないかなあ。やる気や熱意が本当にあるのか。あるなら、それを積極的にアピールすることが大事だと思いますよ!

最後に、山口ふるさと大使として、応援メッセージをお願いします!

弘兼さん山口県は明治維新で日本を変えた人をたくさん輩出したところ。また、日本海と瀬戸内海という異なる海があり、山もあり、ほかの県にない魅力を持った風光明媚(めいび)なところで、優しいイメージもあります。これからもいい形で発展していってほしいですね!

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