応援します!「山口ふるさと大使」

山口県では、県外で活躍中の本県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、さまざまな魅力のPRにご協力いただいています。毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」が語る山口県の魅力をご紹介します。

第3回脚本家 福田靖(ふくだ やすし)さん

福田靖さん

1962(昭和37)年、現在の周南市(旧・徳山市)生まれ。県立徳山高等学校を卒業後、上京。明治学院大学を中退後、劇団の主宰を経て、1996(平成8)年に脚本家デビュー。以来、数々のヒットドラマや映画の脚本を手掛け、現在、NHK大河ドラマ「龍馬伝」を執筆中。主な作品は、テレビドラマでは「HERO」「救命病棟24時」「海猿(うみざる) EVOLUTION」「ガリレオ」「CHANGE」、映画では「陰陽師(おんみょうじ)」「HERO」「20世紀少年」など。最新作は、現在公開中の映画「THE LAST MESSAGE 海猿」。

ふるさと一言Q&A

Q.ふるさとの好きな場所は? 実家ですね(笑)。帰ると、いつも実家でのんびりするか、高校時代の友人に会いに行く…という感じです。
Q.他県の方にお薦めの山口県の観光地は? ドラマ「HERO」のロケで使わせてもらった角島(つのしま)。角島のことは、その時初めて知りました。他県の人にぜひ知ってほしいほど、海がとてもきれいですね。
Q.帰郷すると食べたくなる物は? 周南市にある、あるラーメン屋さんのラーメン!帰ると必ず行くほど。今はもうなくなったけれど、高校の食堂のラーメンも似た味で、その味が体に染み付いています。
Q.山口県のおみやげといえば? 友人がよくくれる、周防大島の瓶詰めのウニ。おいしいですよ!

周南コンビナート周南コンビナート
角島角島
周防大島の瓶詰めのウニ周防大島の瓶詰めのウニ
母校での講演会母校での講演会

「龍馬伝」、いつも楽しみに拝見しています!脚本の執筆でお忙しい中、今年は、講演会のために何回かご帰郷されたそうですね。皆さんの反応、いかがですか?

福田さんドラマが面白いと言っていただけることが、まず素直にうれしいです。大河ドラマの影響力って、計り知れないものがあるんですね。今までもいろいろな脚本を書いてきましたが、ふるさとの方々に脚本家としてやっと認識され、これまで僕の話を聞きたいっていう人はほとんどいなかったのに、講演会を頼まれたり、応援していただいたり、戸惑いもありますが、やはりとてもうれしいものです。

県内の龍馬ゆかりの地は今、観光客でにぎわっていて、きらめーるでも龍馬に関することを紹介すると、とても反響があるんですよ!

福田さんそれはうれしいですね!NHKが龍馬伝をやると発表した当初、高知県や長崎県はすぐに盛り上がったんですが、山口県はなかなか盛り上がってこなくて。多分、山口県のことはそれほど出てこないと思われていたんでしょうね。でも、僕は最初から書くつもりだったんですよ。

今回、脚本を書かれる中で、あらためて興味を持たれた山口県ゆかりの人がいますか?

福田さん三吉慎蔵(みよし しんぞう)です。脚本を書く前、取材に行った下関の長府(ちょうふ)博物館で、「彼は龍馬の一番の親友だったと言われています」と聞いて初めて知ったんです。それから調べていって、興味を持ちました。ほかには伊藤俊輔(いとう しゅんすけ=後の伊藤博文(ひろぶみ))や井上聞多(いのうえ もんた=後の井上馨(かおる))。当時あんなに地位の低い若者だったのが、総理大臣や外務大臣になっていく。長州って、そんなにも人材が豊富だったのかと、あらためて思いました。しかも、龍馬伝に出てくる前に、すでにイギリスに留学していたでしょ?また、吉田松陰(よしだ しょういん)のすごさもあらためて感じましたね。

なるほど!さて、龍馬伝、いよいよ第4部。注目してほしいことは何ですか?

福田さん龍馬が日本の仕組みを変えるという目標に向かって突き進めば進むほど、人から狙われ、危険人物になっていく。そんな状況にありながらの彼の命懸けの志、覚悟が第4部のテーマになります。ナイーブな青年だった龍馬がだんだん変わっていき、命懸けの仕事をしていく。そして、時として、龍馬の味方となり敵ともなる薩摩藩や長州との駆け引きの緊張感も楽しんでいただきたいですね。

最後に、山口ふるさと大使として、応援メッセージをお願いします!

福田さん母校での講演会で高校生たちにも話したんですが、子どものころから脚本家に…と思っていたわけじゃない僕が今こうなっているように、いろんなことに挑戦し出会っていけば、必ず新しい世界が開けてくると思うんです。でも、僕も挫折感を味わっています。大学を中退し、好きな演劇をやっていたものの、30歳を過ぎても貧乏のどん底。先行きは不安。でも、つらいとは思わなかった。続けられたのは、あきらめろという人が周囲にいなかったからか…。当時、両親も何も言わなかったんですよね。最近になって、なぜ言わなかったのか聞いたら「どこの占いに行っても大器晩成だって言われたから」って(笑)。心配していたんですね。僕は、山口県に生まれ育って、クリエイティブなものって書けるんだろうかと思った時期もありました。でも、だからこそ、普通の目線を大事にしようと気付いてから、仕事が広がり始めたんです。若い人たちへ。挑戦し、続けていかないと何事も始まらない。必ず誰かと出会います。閉じこもらず、出会っていってください!

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