おもしろ山口学

山口の守護大名 大内氏

第4回:山口の五重塔と広島の不動院金堂

大内氏ゆかりの寺の建造物が山口から広島に移され国宝となっていることを紹介します。

山口県庁近くに建つ「瑠璃光寺(るりこうじ)五重塔」。室町時代の優れた建築として、国宝に指定されています。

しかし、もともと瑠璃光寺の地には14世紀末ごろ、大内義弘(よしひろ)が創建した「香積寺(こうしゃくじ)」があり、五重塔は香積寺の塔として建てられたものでした。

その地に現在は五重塔以外、香積寺の建造物は残っていません。大内氏は海外との交易による豊かな財力を誇った守護大名。香積寺は16世紀前半、義隆(よしたか)の時には、幕府から寺格の高い寺として認められており(※1)、かなりの規模を誇った寺院だったと考えられます。

大内氏と狩野派

広島市東区に「不動院」という寺があります。その金堂(こんどう)は、中世禅宗仏殿として最大規模を誇り、柱を省略した吹き抜けや細部の彫刻などが特徴的で、柱や一部の壁には極彩色の装飾が施されていたことが分かっており、国宝に指定されています。

江戸時代の伝承の記録に、不動院金堂は山口に大内氏が建立した堂を移築したものと記されています。そして、近年、その不動院金堂が香積寺の建造物だったと考えられるという論文が発表されました(※2)。

そんな中、今は退色している金堂の装飾の調査が今年、数々の文化財を復元してきた日本画家・馬場良治(ばば りょうじ)さんによって行われました。その結果、本尊後ろの壁には、亀の甲羅を持つ一角獣の親と子が海上を駆ける姿が描かれていたこと、その絵は非常に優れ、狩野(かのう)派(※3)が描いた可能性、輸入したと考えられる貴重な顔料や染料が使われていたことなどが見えてきました。

大内氏と狩野派の関係では、義隆が狩野元信(もとのぶ)に、中国の皇帝に贈る三双の金びょうぶなどを描かせた記録が残っています(※4)。「大内氏は雪舟(せっしゅう)(※5)だけでなく、狩野派とも深いつながりがあったのではないでしょうか」と馬場さん。

山口にある国宝・五重塔。その傍らにあったかもしれない、今は広島にある国宝・不動院金堂。大内氏の高い美意識が伝わってきます。

※1 五山(ござん)に次ぐ順位の十刹(じっさつ)に列せられた。
※2 関口欣也「不動院金堂と瑠璃光寺」『仏教藝術』1998毎日新聞社。
※3 室町時代から江戸時代、画壇の主流をなした絵師集団。
※4 京都国立博物館『室町時代の狩野派』1999。山口県「入明諸要例」『山口県史 史料編 中世1』1996など。
※5 室町時代の画僧。大内氏の支援で中国に渡り、中国の画法を学んで帰国。

協力
真言宗別格本山 不動院

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