2010年7月9日Vol.192山口県広報広聴課

「山口ふるさと大使」に聞きました

 山口県では、県外で活躍中の山口県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、山口県のさまざまな魅力のPRにご協力いただいています。
 毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」に山口県への思いなどをお聞きしています。

第13回 原田裕花(はらだ ゆか)さん

原田裕花さん
原田裕花さんは、周南市(旧・新南陽市)出身、1968(昭和43)年生まれ。中学校卒業後、大分県の高校へ進学。1987(昭和62)年に現在の株式会社JX日鉱日石エネルギー(旧・共同石油株式会社)に入社し、全日本チームに加入。二度のひざ靭帯(じんたい)断裂を乗り越え、カムバック賞を受賞。1990(平成2)年から6年間、全日本チームの主将を務め、1994(平成6)年の「アジア競技大会」では全日本チームの準優勝に貢献。1996(平成8)年の「アトランタオリンピック」では7位に入賞しました。現在、スポーツコメンテーターとして、解説やバスケットボールクリニックなどを中心に活躍中です。


原田さんは、中学校を卒業されるまで周南市(旧・新南陽市)で過ごされたそうですね?

川崎観音
[原田さん]
はい!小学校時代は地元の川崎観音で山菜採りをしたり、近くの川崎川で、糸を吊るして魚を、ザルで川エビを捕ったり…。山菜採りでも何でも人より多くとらなきゃ嫌でした(笑)。負けず嫌いだったんですね。今思えば、それがスポーツ選手として良かったのかも。山や川を駆けずり回って遊んだことも、体作りにつながったんですね。


バスケットボールを始めたきっかけは?

[原田さん]
小学校3年生の時に、友達に誘われてミニバスケットボールを始めたのがきっかけです。最初は、みんなとできるのがただ楽しくて。そのうちにシュートを決めることやボールを扱うことの楽しさにはまったんです。もっともっとうまくなりたいという気持ちがわいてきました。


6月には、柳井市立新庄(しんじょう)小学校の5・6年生を対象にしたバスケットボール教室の実技指導のために、山口県に帰ってこられたそうですね。

バスケットボール イメージ
[原田さん]
はい!国の「スポーツ選手活用体力向上事業」の一環で、訪ねたんですが、子どもたちと一緒にバスケットボールを楽しめて嬉しかったですね!みんな目をキラキラさせながら難しいことにもどんどん挑戦してくれて。親近感も自然とわき、やっぱりふるさとの山口県はいいなって。帰る時には「また来てね!」ってみんなで手を振って見送ってくれて、ジーンとしました。


今年1月にも岩国市や、本州唯一のナベヅルの飛来地である周南市八代(やしろ)へ、環境保全活動を体験するバスツアーに、参加者の皆さんと一緒に行かれたそうですね。

岩国寿司
[原田さん]
はい。子どものころにも行ったことがあるんですが、当時は親に連れられて行くという感じで…(笑)。でも、地域の方からお話を聞くと、思いが伝わってきて、ああ、やっぱりいいなあ、素敵な所だなあって思いました。岩国で大好きな岩国寿司をいただいて、お土産にも買って帰ったんですよ!


いよいよ「おいでませ!山口国体・山口大会」が来年に迫りました。国体などへのメッセージも含め、山口ふるさと大使としての抱負をお願いします!

ちょるる
[原田さん]
山口国体の話を聞くと、わたし自身、ワクワクしてきます。地元で開催される国体は、地元の選手にとってプレッシャーが大きいと思いますが、やりがいも大きいはず。後からきっといい思い出になります!また、山口県にとって、全国からたくさんの選手が来られることは、山口県のことをもっと知ってもらういいチャンスです。わたしが帰るといつも感じる人の温かさや、環境の良さ、歴史の豊かさを、この機会にぜひ広めていってください!わたしも応援します!