2010年3月12日Vol.185山口県広報広聴課

「山口ふるさと大使」に聞きました

 山口県では、県外で活躍中の山口県にゆかりのある方に、「山口ふるさと大使」へ就任いただき、全国に向けた、山口県のさまざまな魅力のPRにご協力いただいています。
毎月、第2週目の配信号で、「山口ふるさと大使」に山口県への思いなどをお聞きしています。

第10回 河野克典(こうの かつのり)さん

河野克典さん
河野克典さんは山口県山陽小野田市(旧 小野田市)出身、1958(昭和33)年生まれ。世界を舞台に活躍するバリトン歌手です。東京藝術大学大学院音楽研究科を修了後、ドイツ政府給費留学生としてミュンヘン国立音楽大学に学び、オーストリアのウィーン国立歌劇場の研究員に。スイスのジュネーブ国際音楽コンクール声楽部門第2位(1位なし)、オランダのヘルトゲンボシュ国際声楽コンクール歌曲部門第1位などの輝かしい受賞歴を持ち、国内外でのリサイタルやオペラなどの公演に数多く出演。平成15年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞、2006(平成18)年には第57回山口県芸術文化振興奨励賞を受賞。現在は横浜国立大学、東京藝術大学で後進の指導にも力を尽くしておられます。


出身地は山陽小野田市だそうですね?ふるさとの思い出深い場所を教えてください。

江汐公園
[河野さん]
よく釣りに行った小野田小学校のすぐ近くの海ですね。ほかには、子ども会の行事でキャンプに行った「江汐(えじお)公園(※1)」。違う小学校の同い歳の子と初めて一緒に遊んだり、ボートに乗ってロープを伝いながら湖を渡ったり…。ドキドキの冒険でしたねえ。今もロープで渡れるのかなあ。高校時代には、「竜王山(りゅうおうざん)(※2)」に初日の出を見に行ったことも。竜王山からは眺めがよく、九州がとても近くに見えるんですよ!


そんな山陽小野田市で育った河野さんが、歌手になろうと思われたのはいつからですか?

[河野さん]
大学に入ってからです。小学生のころからピアノは習っていて、高校3年生になり、大学受験を考える時になって将来は音楽の先生になろうかな…と。そして大学に入ってから、歌を教育ということではなく、職業としてやってみよう、と思うようになって。でも、歌い手になることを本当に決意したのは、留学してからです。


えっ!そうだったんですか!ところで、今年1月に「防府ニューイヤーコンサート」へのご出演で防府市に来られた際、小野公民館で開催された「新年に集う会」でボランティア公演を行われたそうですね。

「新年に集う会」でボランティア公演
[河野さん]
ええ。「山口ふるさと大使」となったこともあり、ふるさとに何かしたいという思いがありました。防府市といえば昨年夏の豪雨災害のことが頭にあったので、被災者の皆さんの心を歌で慰められればと思ったんです。訪れた時は地元・小野地区の方に被災地を案内していただき、土砂崩れの跡や、家の壁に残った押し寄せた土砂の跡、流木など、まだ生々しくて、山口の山は優しい山だと思っていたのに…ショックでした。公民館では「赤とんぼ」や「この道」などを歌ったところ、熱心に聴いてくださってうれしかったです。

河野さんの歌に地域の皆さんも勇気づけられたと思います。また2月には、山陽小野田市で開催された「介護啓発『とらいぽっど介護かるた(※3)』完成披露記念バレンタインコンサート」に出演されたとのこと。参加のきっかけを教えてください。

[河野さん]
父は今、在宅介護を受けていて、母は介護サークル「とらいぽっど」の会員として、皆さんにお世話になっているんです。最近、県内外で介護にまつわる悲惨な事件が起きていますよね。みんなで助け合いながら介護を行おうと呼び掛けるため、介護かるたを作るという企画を聞いて、介護の負担を家族が抱え込んでしまうことによる悲惨な事件が少しでもなくなれば…と思い、協力させてもらったんです。


そうだったんですか…。支え合いがもっと広まるといいですね。最後に、国内外でご活躍されている河野さん、「山口ふるさと大使」として今後への抱負をお願いします!

1月8日、防府市天神ピアにて街角コンサート開演前の河野さん
[河野さん]
少しでも多くの方に山口県を知っていただきたいと願っています。これからも国内外で機会があれば何か山口県のお役に立ちたいと思います!


  • ※1 キャンプ場やテニス場などの設備が整った、湖を中心とする自然公園。ツツジやアジサイなど花の名所としても知られる。
  • ※2 瀬戸内海に面する標高135.69メートルの山。360度の展望に恵まれて、関門大橋や四国、九州の連山、国東(くにさき)半島が一望できる。
  • ※3 介護の実情や介護者の思いを広く知ってもらおうと作成されたかるた。