2009年9月11日Vol.173山口県広報広聴課

おもしろ山口学

仁保隕石と玖珂隕石

仁保隕石3号実物
仁保隕石3号実物
山口博物館蔵

仁保隕石の碑
仁保隕石の碑

 今年はイタリアのガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を夜空に向けた年から400年となるのを記念し、国際天文学連合などによって「世界天文年」と定められました。この世界天文年にちなんで、山口県の隕石(いんせき)について紹介します。
 これまで日本で発見された隕石はわずか50件しかありません。そのうち県内で、「仁保(にほ)隕石」と「玖珂(くが)隕石」の2件が発見されています。
 仁保隕石の発見は1897(明治30)年8月8日夜、仁保村(現在の山口市仁保)で数人が外で涼んでいた時のことでした。発見者の一人の日記には、その出来事が興奮した様子で書かれています。「雷ノ如(ごと)キ響(ひびき)アリ 同時ニ青光(せいこう)ノ火団ハ天空ヲ横キル如ク見エシカ 忽(たちま)チ爆然ト音シテ破裂シ 火団ハ散消セリ」(※1)。人々は落下した隕石を探し回り、信行寺(しんぎょうじ)付近の水田で、まだ温かい、こぶし大の石の塊を2個見つけます。同じころ宮野村(現在の山口市宮野)でも、1個の隕石が発見されます。後に、これら3個は「始原的な隕石(※2)」として分類される岩石質の隕石であると分かり、仁保隕石1・2・3号と命名されました。2号の実物は国立科学博物館に、3号の実物は県立山口博物館に展示されています。
 一方、玖珂隕石は1938(昭和13)年に川越村(現在の岩国市周東町(しゅうとうまち))の地中から道路工事中に発見されました。落下年は不明。当初は銀白の色や重さなどから白金(プラチナ)ではないかと大騒ぎになったようです。後にこれは日本では8件しか発見例のない、鉄とニッケルの合金「鉄隕石」であると判明しました。実物は、国立科学博物館に展示されていますが、その一部(切片標本)を県立山口博物館で見ることができます。
 隕石の落下する様子が目撃されることはまれで、仁保隕石のように落下当時の記録が詳細に残っていることは興味深いことです。仁保隕石1・2号の発見地に近い信行寺には、落下100年を記念して1996(平成8)年に、玖珂隕石の発見地には、2004(平成16)年に記念碑が建てられ、人々を宇宙の神秘へと誘い続けています。

※1 『仁保の郷土史』(仁保の郷土史編纂委員会編)より引用。
※2 46億年前に太陽系ができたときの物質がそのまま集まった小天体に起源がある隕石。