2009年6月12日Vol.167 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

絵図を作った男たち -萩藩絵図方の挑戦- 絵図づくりに心血を注いだ有馬喜惣太

有馬喜惣太「防長土図」明和4年(1767) 山口博物館蔵
有馬喜惣太「防長土図」明和4年(1767)
山口博物館蔵
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 今年、開館50周年を迎える県文書館の貴重な所蔵品である、萩藩絵図方(えずかた)が作成した「地下上申(じげじょうしん)絵図」。その製作者の一人に、有馬喜惣太(ありま きそうた)という人がいました。
 絵図方には、絵図の製作を家業として代々仕えた藩士と、個人の技能が認められて雇われた人がおり、喜惣太は後者になります。彼は萩藩御用絵師の雲谷(うんこく)派に絵を学び、その才能を見込まれて1722(享保7)年、絵図方に雇われました。彼は、地下上申絵図の製作にかかわる中で、藩内の町や村、山野を巡り、次第に地理に精通していき、また、地図製作の腕も磨いていきます。
 喜惣太は、ほかにも、藩主が藩内を巡視する道筋とその景観を美しい色彩で描き上げた「御国廻御行程記(おくにまわりおんこうていき)」(1742(寛保2)年)など、数々の優れた絵図を製作します。こうした仕事が認められ、1762(宝暦12)年に喜惣太のために設けられた「郡方地理図師(こおりかたちりずし)」として藩士に登用されました。この職は、有馬家の家業として引き継がれていきます。
 喜惣太の代表作には、国指定重要文化財の「防長土図(ぼうちょうどず)」(1767(明和4)年、県立山口博物館蔵)があります。「防長土図」は周防国(すおうのくに)・長門国(ながとのくに)の地形模型で、17パーツの本土と122個の島とで構成されていました。この模型地図は、粘土で土台となる型を作り、その上に和紙を張り重ねて乾燥した後、型を抜き取って作ったものと思われ、山や平野、耕地などはそれぞれに彩色され、集落や神社、寺院などは記号で記されています。組み立てると南北最大3メートル、東西最大5メートルにも及ぶ、これほど巨大な地形模型は全国的にも例がありません。
 萩藩だけでなく全国的に見ても、喜惣太は、江戸時代を代表する絵図製作者の一人といえるでしょう。