コンテンツ2009年5月8日Vol.165 山口県広報広聴課

織田信長と村上水軍

織田信長の書状
織田信長の書状
県文書館蔵
  戦国武将・織田信長(おだ のぶなが)。そして芸予諸島※1を拠点として、強大な海の軍事力をもとに瀬戸内海の制海権を握っていた村上水軍(むらかみすいぐん)。両者は大阪湾での「木津川口(きづがわぐち)の戦い」で激突したことから、対立していたという印象を受けますが、それ以前は友好関係にあったことを示す貴重な古文書が山口県文書館に所蔵されています。
 その古文書とは、信長が、村上水軍の能島(のしま)村上家※2の村上元吉(もとよし)にあてた書状です。文面には、求めに応じ、元吉がタカを贈ってくれたことへの感謝の言葉がつづられています。また、書状には、信長が美濃国(みののくに、現在の岐阜県)を手に入れた1567(永禄10)年ごろから使うようになった「天下布武(てんかふぶ)」※3と刻まれた朱印が押されていることから、タカの贈答はその年以降のことと推測されます。
 その後、信長は全国統一を目指し、当時、強大な勢力をふるっていた大坂本願寺(石山本願寺)と戦います。この時、毛利氏は本願寺の支援に動きます。1576(天正4)年、本願寺への支援物資を届ける毛利水軍は、それを阻止しようとした織田水軍と、大阪湾で一大海戦を繰り広げました。これが「第一次木津川口の戦い」と呼ばれるもので、毛利水軍の大勝利に終わりました。このとき村上元吉は毛利水軍に加わって参戦しており、信長との友好関係は過去のものとなったのです。
 その後、江戸時代には能島村上家は毛利氏の家臣となって周防大島に領地を与えられ、毛利水軍を担いました。
 この書状は、県文書館開館50周年の記念行事の一つとして、6月2日(火曜日)から9日(火曜日)まで県文書館で展示します。実物をガラスケース越しではなく、直接見られる貴重な機会です。信長の筆遣いから歴史を間近に感じてください。

  • ※1 広島県と愛媛県にまたがる瀬戸内海の島々。
  • ※2 村上水軍は、因島(いんのしま)村上家(現在の広島県尾道市因島が拠点)、能島村上家(現在の愛媛県今治市能島が拠点)、来島(くるしま)村上家(愛媛県今治市来島が拠点)の三家に分かれていた。
  • ※3 「武力によって天下を平定する」あるいは「武力によって天下に平和を布(し)く」を意味するなどの説がある。

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