コンテンツ2009年1月23日Vol.158 山口県広報広聴課

長岡外史(2) -日本の民間航空の父-

機上の外史機上の外史
写真提供:長岡外史顕彰会
  長岡外史(ながおか がいし)の石像の右手には、飛行機の模型が握られています。「おれはいつも50年先を見ている」と言っていた外史は、スキーを広めたほか、日本の航空発展にも尽力しています。
 アメリカでライト兄弟が、世界で初めて動力付きの飛行機で飛行に成功した3年後の1906(明治39)年、日本初の航空研究機関「臨時軍用気球研究会」が発足します。日本ではまだ飛行なんてできるわけはないと思われていた時代、外史は会長に就き、「いつか、たくさんの日本人が外国に自由に行けるようになったら、どんなに素晴らしいだろう」と日本の航空発展に尽力することを決意します。
 もともと軍事用として導入された飛行機ですが、外史は、将来きっと人々の生活に役立つ交通や通信の手段になるだろうと考え、軍隊を辞めた後も、各地で飛行実演や講演を行い、航空の重要性を説いて回ります。しかし、なかなか動いてくれない国に対し、外史は国会においてその重要性を説くことを決意。1924(大正13)年、衆議院議員に立候補し、見事当選を果たし、軍人出身議員第一号となります。国会議員になった外史は、国内の航空路の開設や、羽田への国際空港建設などを提案。航空政策実現のために街頭で署名を呼びかけるなど、残りの生涯を日本の航空の発展に捧げました。
 スキーの普及と日本航空界の黎明期に先覚者として活躍した外史は、1933(昭和8)年、77歳の生涯を終えました。外史の行動は「これこそみんなの生活を幸福にする」ということを見抜いたもので、「たくさんの人とともに歩もう」という信念にすべて貫かれていました。
 なお、飛行機のプロペラに似たトレードマークの白い立派なひげは、当時世界一の長さ68.8センチメートル。プロペラひげなどと呼ばれています。

参考文献:『夢チャレンジ きらり 山口人物伝』(財)山口県ひとづくり財団




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