コンテンツ2009年1月9日Vol.157 山口県広報広聴課

長岡外史(1) -スキー普及の先覚者-

外史公園(下松市)にある長岡外史像
  下松(くだまつ)市笠戸島(かさどじま)の周防灘が望める小高い丘に、驚くほど長いひげが口元から左右に伸びているユニークな石像が立っています。「おれはいつも50年先を見ている」と言い、日本で初めてスキーや航空事業を民間にも広めた長岡外史(ながおか がいし)の石像です。
 外史は、1856(安政3)年、現在の下松市に生まれます。山口明倫館で学んでいた1870(明治3)年14歳のとき、旧藩主・毛利元徳(もうり もとのり)公の前で歴史書『日本外史』を暗唱し「外史」という名前を授かりました。19歳で上京した外史は、陸軍士官学校を卒業し、軍人となります。日清、日露の2つの戦争を経験した外史は、1910(明治43)年54歳のとき、新潟県高田市(現在の上越市)に師団長として赴任します。雪にあまりなじみのなかった外史にとって、冬の間、雪で埋まっている高田の暮らしは驚きでした。スキーを軍事用に利用できないかとの軍の命令で、オーストリアの軍人テオドール・エオードラ・フォン・レルヒ少佐からスキーの手ほどきを受けます。 初めてスキーをした外史は「冬になると家の中に閉じこもりがちな生活をしている雪国の人たちにきっと役に立つ」と、スキーを軍隊のみならず、民間の人たちにも広めることを思い立ちます。外史は、スキーは雪国に住む人々の交通の便に役立ち、また楽しみも与えるだろうと、女性や子どもたちにも教えるとともに、今の「全日本スキー連盟」のもととなる組織を作り、日本全国にスキーを普及させました。今日、私たちがスポーツやレジャーとして気軽にスキーを楽しめる背景には、こうした外史の情熱と努力があったのです。
 なお、外史はスキーまんじゅうやスキー手ぬぐいなどを考え出し、これらの観光土産品の開発により、町の活性化にも貢献しました。奇想天外な発想を持つ外史の一面を物語っています。

参考文献:『夢チャレンジ きらり 山口人物伝』(財)山口県ひとづくり財団




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