コンテンツ2008年11月28日Vol.154 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

三田尻(みたじり)の塩

海水から「かん水」をとる浜作業
  瀬戸内海の沿岸は一年を通じて雨が少なく、花こう岩質の砂浜が塩作りに適しています。山口県の瀬戸内海側に位置する防府市(ほうふし)の沿岸地域は、古代から塩作りが行われていました。近世初期以降は盛んに干拓が行われ、1699(元禄12)年三田尻大開作(みたじりだいかいさく)※1の西側に入浜式塩田(いりはましきえんでん)法※2が導入されたことを機に、遠浅の海岸には次々と塩田が造られました。これらは総称して三田尻塩田と呼ばれていました。藩が「防長三白(ぼうちょうさんぱく)」政策として米・紙と並び塩の増産を奨励したこともあり、江戸時代後期には、業者201軒、生産高36万石に達し、総面積は約416町歩に及び、播州赤穂(ばんしゅうあこう)※3に次ぐわが国有数の製塩地となりました。
 三田尻の塩は、主に山陰や北陸、東北地方へ向けて、米や魚介類を大阪に送った北前船(きたまえぶね)の帰り荷として運ばれていきました。また、1800(寛政12)年からは、幕府が契約して蝦夷地(現在の北海道)へ毎年1万石の塩が送られるようになりました。こういったこともあり、東北地方などの地域では、塩のことを「三田尻」と呼んでいたとも伝えられています。
 明治時代以降も塩作りは続けられましたが、技術の進歩による塩の過剰生産や安い外国産の塩に太刀打ちできず、1959(昭和34)年、260年に及ぶ三田尻塩田の歴史は幕を閉じました。
 現在、かつての塩田の一角に、往時をしのばせる入浜式塩田による塩作りを再現した三田尻塩田記念産業公園がつくられ、塩作りを体験することができます。

※1 防府市の三田尻地区で干拓された大規模干拓地
※2 干満の差を利用して海水を引き入れて砂を湿らせ、砂に塩分を付着させる方法
※3 現在の兵庫県赤穂市とその周辺



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