コンテンツ2008年10月10日Vol.151 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

田島直人 -ベルリン五輪金メダリスト-

田島直人
 10月19日、下関市の市営下関陸上競技場で、未来のオリンピック選手を目指す小中高校生から一般の選手までが全国から集い、競い合う「田島直人(たじま なおと)記念陸上競技大会」が開催される。
この大会は、1936(昭和11)年に開催されたベルリンオリンピックの三段跳びで、16メートルの世界新記録で優勝した郷土が生んだ金メダリスト・田島直人の偉業を讃えるとともに、田島に続く選手の出現を願い、小中高校生の育成強化を図るため2004(平成16)年から開催されている。
 田島直人は、1912(大正元)年に大阪で生まれ、4歳のときに父の郷里・岩国へ移り住んだ。小さいころから走ったり跳んだりすることが大好きで、足腰の強い少年であった。旧制岩国中学時代(現岩国高等学校)から本格的に陸上競技の練習を始め、旧制山口高等学校(現山口大学)時代には1年生でインターハイに出場、走り幅跳びで自己最高記録を更新して優勝した。そのころから全国的にも注目される存在となり、夢は次第にオリンピックへと膨らんでいった。1932(昭和7)年、念願のロサンゼルスオリンピックに出場した田島は、走り幅跳びに出場するが6位に終わる。その後、三段跳びでオリンピック2連覇を成し遂げた織田幹雄(おだ みきお)と南部忠平(なんぶ ちゅうへい)の引退に伴い、後を託された田島は三段跳びに力を入れることになる。
 三段跳びはホップ・ステップ・ジャンプの3歩で跳躍し距離を競う競技である。彼はステップにあたる右足の跳躍力が弱かったため、さまざまな練習法を独自に試みた。湯船に入る時は弱い右足を軸にする、歩くときは右足から歩き出す、階段はつま先立ちで上がるなど、普段の生活の中で自分の弱点を克服するために工夫を重ねた。またベルリンオリンピックの競技当日には、田島は7足のスパイクシューズを持参して、ピット※のコンディションに一番適したシューズを選んだという。さらに、田島は競技場のアナウンスをより理解できるように、ドイツ語を勉強して備えた。そうした日々の練習と地道な努力が実り、その後16年間も破られなかった16メートルという大記録で金メダルを獲得したのである。
 こうした田島の熱意と努力は、「田島直人記念陸上競技大会」を通して、未来の金メダリストを目指す多くの選手たちに引き継がれている。

参考文献:『夢チャレンジ きらり 山口人物伝』(財)山口県ひとづくり財団

※ 陸上競技の跳躍種目では、競技者が助走する場所


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