コンテンツ2008年5月23日Vol.142 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

女子高等教育のパイオニア・成瀬仁蔵 著/佐々木 澄子(社団法人 日本女子大学教育文化振興桜楓会 山口支部長)

成瀬仁蔵
 男女が平等に扱われなかった時代に、女子を「人間として、婦人として、国民として」教育するとの信念のもと、女性が自立するための女子教育の発展に尽力し、日本女子大学を設立した成瀬仁蔵(なるせ じんぞう)。今年6月23日に、生誕150年を迎えます。
 仁蔵は、1858(安政5)年、周防国吉敷(よしき)村(現在の山口市吉敷)の士族・成瀬小右衛門の長男として生まれました。子どものころの仁蔵は、学問嫌いで、友と活発に川や野山で遊び回り、伸び伸びと育ちました。一方で、厳格な父の下、郷校(ごうこう)※の憲章館、山口県教員養成所を経て、若くして上関・湯田・二島小学校などに奉職(ほうしょく)しました。
 1877(明治10)年、仁蔵は、同郷のキリスト教宣教師、澤山保羅(さわやま ぽうろ)に感化され、大阪で洗礼を受けます。キリスト教の影響を受け、澤山が創立した大阪の梅花女学校の運営に関わったことなどを契機に女子教育との関わりを深めていきます。渡米して女子教育の研究を行った後、1894(明治27)年に帰国した仁蔵は、梅花女学校の校長を務めた後、女子大学の設立運動を推し進め、1896(明治29)年、冒頭の信念を掲げた著書『女子教育』を出版。女子高等教育不要論など世間の厳しい非難を受けながらも世論の喚起に努め、ようやく1901(明治34)年に日本で初の女子総合高等教育機関として日本女子大学校(現在の日本女子大学)を創設し、初代校長になります。
 1919(大正8)年、仁蔵は60歳で亡くなりますが、死を目前にした告別講演の後、自らの教育理念「信念徹底」「自発創生」「共同奉仕」を書き遺しています。これらは、現在も日本女子大学の教育綱領として、社会で活躍する多くの卒業生や在校生に受け継がれています。
 吉敷の仁蔵の生誕地には、1934(昭和9)年、日本女子大学の同窓会桜楓会によって記念碑が建立されました。現在では成瀬記念公園として整備されるとともに、成瀬仁蔵旧宅跡として山口市史跡に指定されています。今年、桜の花咲き誇る成瀬記念公園で全国から集まった同窓生たちによって盛大な記念の集いが催されました。

※江戸時代に藩校教育の補助などのため設けられた教育機関

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