コンテンツ2008年5月9日Vol.141 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

中也の書 著/福田 百合子(中原中也記念館 館長)

冬の長門峡 中也の書
  中原中也という詩人は、なかなか闊達(かったつ)な、素直なよい字を多く書き残しました。現在、中原中也記念館では、看板や封筒、便箋(びんせん)などに中也の自筆の文字を拡大したり縮小したりして使っています。目にするたびに30年という詩人の短かった生涯に感慨を覚えます。
 小学生時代に「筆とりて手習(てならい)させし我母(わがはは)は今は我(われ)より拙(つたな)しと云(い)ふ」との作品が、雑誌「婦人画報(ふじんがほう)」短歌欄に入選作として掲載されました。母フクさんと共にお習字をする中也の姿が見えてきます。
 上達もきっと早かったに違いありません。当時の清書に、先生の評価が朱筆(しゅひつ)で「甲上(こうじょう)」とか「優・美」と記されたものが、今も沢山(たくさん)、丁寧に保存されています。
 山口市吉敷の墓地に「中原家累代(るいだい)之墓」と自然石に刻まれた文字も、中也の父謙助(けんすけ)が建立に際して、中学生の中也に書かせたのだそうです。大きい紙を座敷いっぱいに広げて筆をふるった中也の思い出を、弟の思郎(しろう)氏と拾郎(じゅうろう)氏は懐かしく語られました。
 原稿や日記、ノート・手紙類は大体万年筆、そのほかはペン先、鉛筆などさまざまです。時に毛筆も使用しました。その中で強烈な印象で迫ってくる墨書(ぼくしょ)の原稿があります。「冬の長門峡(ちょうもんきょう)」です。端正な文字が乱れ、訂正や加筆、消しや改行など、内面の動揺がそのまま現れているようです。1936(昭和11)年冬、中也最晩年、その年の秋に愛児「文也(ふみや)」を亡くしたばかり、傷心(しょうしん)の中也の文字です。



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