コンテンツ 2008年4月11日Vol.139 山口県広報広聴課

おもしろ山口学

藤原義江記念館の風見鶏 著/武部 忠夫(海峡座主宰)

藤原義江記念館の風見鶏
藤原義江記念館の風見鶏
 テノール歌手・藤原義江(ふじわら よしえ)は1898(明治31)年赤間関市(現在の下関市)生まれ。日本の音楽界草創期に藤原歌劇団を創設し、華麗な「歌に生き恋に生き」た人生を送った。そんな「われらがテナー」義江にまつわる記念館は、港町下関の唐戸(からと)地区の高台・紅石山(べにいしやま)の中腹にある。
ジグザグに抜ける少し長めの石段を登ると、かわいい音符に飾られたメロディーゲートが迎えてくれる。ひとつひとつ音符を口ずさめば、懐かしい曲がきっとよみがえる。あの北原白秋(きたはら はくしゅう)作詞、山田耕筰(やまだ こうさく)作曲の「この道」のメロディーである。義江を物語る代表作の一つである。
藤原義江記念館は、白亜の鉄筋3階地下1階の瀟洒(しょうしゃ)でレトロ風な建物である。国の登録有形文化財に登録されている。父であり英国商社の総支配人をしていた英国人ネイル・B・リードが住んでいた宿舎跡に、現在の建物は建っている。義江は、11歳の少年時代に母と住む大阪からひとり夜汽車で下関を訪れこの丘を登り、瞼(まぶた)の父と再会をしている。前庭からは、大きな船がゆっくりと行き交う関門海峡のパノラマが広がっている。世界に繋(つな)がる海峡のこの景色は、義江のその後の人生に大切な思い出となっている。
 記念館前の枝を広げた合歓(ネム)の樹のそばに、「われらがテナー」と称賛された義江の姿がくっきりと宙に浮かんでいる。ステージで絶唱する晩年の義江のシルエットが打ち抜かれた、珍しい風見鶏だ。風に舞い、光を浴び、義江の望郷の歌声が、海峡に向かって流れて行くようだ。



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