平成17年4月8日号(HTML版)VOL.67
山口県広報広聴課

おもしろ山口学

リレー随筆「童謡詩人・金子みすゞ~ふるさと仙崎~」 著/嶋田 靖代(金子みすゞ顕彰会 理事)

第1回 『心のふるさと 仙崎(せんざき)のみすゞ』

みすゞの部屋(金子文英堂2階)
みすゞの部屋(金子文英堂2階)
 金子みすゞ(本名テル)は明治36年(1903年)4月11日、現在の長門市仙崎に、父金子庄之助、母ミチの長女として生まれました。幼くして父との死別、弟正祐との別れがありましたが、語り上手で信仰深い祖母のウメ、優しくて、金子文英堂を営む働き者の母、妹思いの兄堅助たちの温かい愛情に包まれて少女時代を過ごします。瀬戸崎小学校卒業後、大正5年、大津郡立大津高等女学校入学。成績も良く、卒業式では答辞を読むほどでした。
 仙崎や女学校への往復で触れた豊かな自然は、みすゞにとってかけがえのないものでした。小さないのちを見つめるみすゞのまなざしは、深く、やさしく、人間も自然の一部だというまなざしです。漁師町仙崎は、かつて北浦捕鯨の基地でもありました。鯨や魚のいのちと向き合って暮らす、信仰心の篤(あつ)い土地柄です。他のいのちによって生かされていることを感謝する心が、育(はぐく)まれていきました。また温かい家庭環境の中で、思いやりの心も育ちました。別れた家族への想いはより深くなり、見えないものを感じ、見えないものこそ大切だと思う心情もうまれたでしょう。ふるさとの自然や精神風土や家庭環境は豊かな感性の源、みすゞ詩の原点といえるでしょう。

「おさかな」海の魚はかわいそう。お米は人につくられる、牛は牧場で飼われてる、鯉もお池で麩を貰う。けれども海のおさかなは、なんにも世話にならないし、いたずら一つしないのに、こうして私に食べられる。ほんとに魚はかわいそう。『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より




第2回 『童謡詩人・金子みすゞ』

20歳のみすゞ(写真提供:金子みすゞ著作保存会)
20歳のみすゞ
(写真提供:金子みすゞ著作保存会)
 女学校卒業後家業の本屋を手伝いますが、兄の結婚を機に、みすゞは母と弟のいる下関の上山文英堂に移り住みます。大正12年4月、二十歳でした。当時の下関は大都会、経済と文化の中心地でした。商品館にある支店で働き、本に囲まれ楽しい日々を過ごします。「砂の王国」や「四月」の詩のように。6月頃から、ペンネーム「金子みすゞ」で童謡を投稿。雑誌『童話』9月号に「お魚」と「打出の小槌」が入選。『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』にも投稿した作品がすべて掲載されました。輝かしい童謡詩人の誕生です。翌13年『童話』1月号では、選者の西条八十(さいじょう やそ)に「イマジネーションの飛躍がある。」とその才能を高く評価され、3月号には「大漁」が入選。以後約90編が活字になり、投稿詩人たちの憧れの星になっていきます。弟正祐が作曲した「てんと虫」(北原白秋の詩)も『赤い鳥』の推奨となり、お互いに励まし合います。大正13年から14年にかけては好きな詩を集めて『琅かん集』(ろうかんしゅう)も作成。結婚するまでの2年8か月で350編もの詩を創作し、後に『美しい町』『空のかあさま』に収められました。下関にいても詩の題材の多くは故郷仙崎の自然をうたったものです。海の青さ、きらめき、透明感、潮の香りなど。

「お魚の春」わかいもずくの芽がもえて、水もみどりになってきた。空のお国も春だろな、のぞきに行ったらまぶしいよ。飛び魚小父さん、その空を、きらっとひかって飛んでたよ。わかい芽が出た藻のかげで、ぼくらも鬼ごとはじめよよ。『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より




第3回 『結婚、そして母として ふるさとへの想い』

王子山から見た仙崎の町
王子山から見た仙崎の町
 大正15年、義父の勧めで上山文英堂で働いていた人と結婚。『日本童謡集1926年版』には「お魚」「大漁」が載り、童謡詩人会の会員に。娘ふさえの誕生は心の支えとなります。
 童謡詩人「金子みすゞ」の世界と現実とのギャップや価値観の異なる人との結婚生活。
 自分を励ますように、「みんなを好きに」や「私と小鳥と鈴と」などを書きます。つらい状況の中でも明日への希望を持ち続けたみすゞ。故郷への想いは強くなり、「仙崎八景」や「鯨法会(くじらほうえ)」や仙崎での母との思い出などをうたうことによって心の安らぎを得たのでしょう。
 昭和3年には夫から創作や文通を禁じられ、体調も崩していきます。昭和4年、512編の詩を詩集『美しい町』『空のかあさま』『さみしい王女』として清書し、西条八十と弟正祐へ。その後はふさえの言葉を『南京玉』に。母親の愛情に溢れています。
 昭和5年2月離婚。3月10日、娘が心豊かな子にと願いつつ、26歳で死去。
 平成15年、金子文英堂は復元され、金子みすゞ記念館が開館。金子家の紅い薔薇(ばら)や井戸。祇園社(ぎおんしゃ)、極楽寺(ごくらくじ)、お墓のある遍照寺(へんじょうじ)など、みすゞ通りにはみすゞの足跡が点在し、春風に乗って声までも聞こえてきそうです。王子山からは今も「龍宮みたいに浮んでる」仙崎の町が眺望できます。

「極楽寺」極楽寺のさくらは八重ざくら、八重ざくら、使いにゆくとき見て来たよ。横町の四つ角まがるとき、曲がるとき、よこ目でちらりと見て来たよ。極楽寺のさくらは土ざくら、土ざくら、土の上ばかりに咲いてたよ。若布結飯のお弁当で、お弁当で、さくら見に行って見てきたよ。