平成16年4月9日号(HTML版)VOL.43
山口県広報広聴課

 
おもしろ山口学
 
 
リレー随筆 「秋吉台の四季」 著/庫本 正 (秋吉台科学博物館名誉館長)
 
 
第1回 『春一番の山焼き』

山焼き  秋吉台を造っている石灰岩は3億年という途方もない大昔、海のなかでできた巨大なサンゴ礁に由来する。このサンゴ礁は、日本列島から遠く離れた海を大洋プレートに乗って移動してきた。
 日本列島に組み込まれたサンゴ礁は石灰岩になり、風雨にさらされた。石灰岩は雨水に溶けるので、いつの間にか奇妙な溶食地形ができた。やがて人々が住みつき、山を焼いて草原にし、草を利用した農業をはじめた。
 秋吉台の春は山焼きで始まる。枯野に火を放つと、炎の帯はたちまちのうちに草原をなめるように移動する。炎は風にあおられ、天高く登ってゆく。そのとき風を切る炎の音はすさまじく、草のはじける音と合わさって、豪快な印象を与える。跡には燃えた草の匂いだけが残る。
 山焼きが終わると、春は駆け足でやってくる。焼け跡には赤いキノコが顔をだす。人々はこのかわいいキノコを愛情を込めてアカナバ(赤いキノコという意味の地方名)と呼ぶ。やがてセンボンヤリやヒトリシズカ、オキナグサ、キジムシロといった可憐な草花が台地を覆う。そして草原は少しずつもえぎ色に変わってゆく。
 


 
第2回 『涼しい涼しい鍾乳洞』

 秋吉台の草原は、夏になると濃い緑一色に変わる。頭上に輝く太陽は直接草に熱光を降り注ぐので、その暑さは格別だ。ところがよくしたもので、秋吉台の地下には400を越える鍾乳洞があり、涼を求める人々は、洞窟の世界を目指す。
 洞窟は闇の世界だ。人々は洞窟に入ると、知らずしらずのうちに詩人になる。天井から垂れ下がる鍾乳洞の赤みがかった褐色の色彩に感動し、天井から流れ落ちた水たまりの洞窟真珠に大感動。とりわけ、水中を泳ぐ眼のないヨコエビを見つけようものなら、大歓声を上げる。この虫たちはこの地底の暗闇のなかで進化を続け、世界中で秋吉台にしかいない固有種(特産種)になったものも少なくない。
 洞窟の神秘のとりこになった若者達は、もっと奥を目指して探検する。彼らの探検の結果、秋芳洞は総延長8,000メートルを超える巨大洞窟であることが分かってきた。
 現代人は洞窟の闇のなかで、自分の心をうつす鏡を探す。そして闇に写った心を音楽や、文学、絵画で表現しようと努力する。芸術家の話では、暗闇と対話を続けるうちに、光の輪が飛び交い、知らずしらずのうちに神秘的な抽象世界に紛れ込むという。
 


 
第3回 『幻想の霧の河』

秋吉台を取り巻く霧  秋吉台の秋は美しい。初秋に見られるハギの花野、小高い丘を埋め尽くすススキ野はみごとである。また、遅秋の草原もすばらしい。草原の草はみごとに紅葉し、見る者を圧倒する。チガヤの草原は赤色、ササ草原はなんとも心地いい黄色である。
 このころになると、秋吉台に霧がたつ。秋吉台を取り巻くポリエ(盆地)には雲海が連日のように見える。秋吉台での最高の霧は「霧の河」だろう。夜明けの頃、草原の上に霧の流れができ、丘の上から見ると幻想的な河になる。最近では、この珍しい風景を写真に撮ろうと、たくさんのカメラマンがやってくる。
 年の暮れになると、草原の草は枯れ、ラクダ色に変わる。時折降り積もる雪は草を押し倒す。そしてお正月になると、たこ揚げを楽しむ子供達がやって来る。見渡すかぎりの草原は絶好のたこ揚げ場になる。子供達の歓声は台地に響き渡る。
 自然は人の心を育む。大昔から人々は四季の移り変わりのなかで、草や虫と交わってきた。そして人としての心が育くまれた。草原に出ると、人の奥底に眠っていた野生の心が目覚め、知らぬ間に活動をはじめる。不思議に心が癒(いや)されるのである。

『秋吉台 三億年の時間旅行』(「きらら山口」 vol.5)

  庫本 正さんに、秋吉台・秋芳洞をご案内いただきました。