平成16年1月23日号(HTML版)VOL.38
山口県広報広聴課

 
 
 
政策企画課・太田課長

 山口県総合政策局 政策企画課の太田光宣課長は、3年前「山口きらら博」で赤いつなぎ姿で大活躍した元スタッフ。スーパーテーマ館「やまぐち元気伝説」のプロデューサー山本寛齋さんから「情熱とパワーをもらいました!」と語る太田課長に、山口県の元気を生み出す政策企画課の仕事について聞きました。

 

 
Q. 政策企画課は、どんな仕事をするところですか?

Answer
 主な仕事は、字のごとく、政策調整と企画立案ですが、そのほか、例えば国で何か大規模な事件・災害などが起きたときは内閣総理大臣をトップに内閣官房に対策本部を作って対応するように、県では総合政策局が、総合的な危機管理について対応します。
大規模地震や火災などの場合は消防防災課が中心に対応しますが、アメリカでの同時多発テロ事件やSARS問題等々、最近は予測もできないような事態の発生が懸念されるようになりました。そうした緊急事態が発生した場合には、対応が後手に回らないように、複数の部局が連携して対応をしなければなりません。そこで政策企画課では、昨年「危機管理マニュアル」を作り、SARS問題のような感染症の蔓延など約50のケースを想定し、緊急事態が起きた場合に備える体制を整えました。というわけで、私はいつも危機管理マニュアルをカバンの中に入れて持ち歩いています。
 今回、鳥インフルエンザが山口県で発生しましたが、この対応も危機管理マニュアルに沿って、農林部を中心に各部局連携して迅速な対応をしているところです。
 

 
Q. 総合政策局 政策企画課は比較的新しい課のようですが、どうして誕生したのですか?

Answer
 そもそも「総合政策局」というのは一昨年、平成14年4月、県の組織改正でできた部署で、国でいえば総理大臣直属の仕事をする内閣官房や内閣府のようなところです。「政策企画課」は政策調整部門と企画部門を持ち、縦割りを廃して部局間の総合調整をするほか、緊急的な課題に対して迅速に対応する機能をもっています。
 この課ができた背景には、地域間競争が進む中、政策の企画立案機能や調整機能などを高めていこうという目的があります。以前は政策調整部門と企画部門が異なる部署にあったため、思うように連携ができないことがありました。そこで、この2つの機能を同じところにもってこようということで誕生したわけです。総合政策局には、政策企画課のほか、広報広聴課、秘書課があります。
 

 
Q. 今年度から始められた「政策評価システム」とはどんなものですか?

Answer
政策評価(施策評価)の結果の概要 県ではいろいろな施策・事業を行っていますが、この政策評価システムは、県の施策を県民の皆さんの満足度や客観的な指標で評価する「施策評価」と、それぞれの事業を効率性・有効性・必要性から点検して改善の方向性を整理する「事業評価」、さらには評価結果に基づき施策・事業を改善する「施策改善」の3つの取組で構成されており、県民の皆さんの視点に立って、施策・事業を評価、検証し、改善につなげていく総合的な評価システムです。評価の結果は県の総合計画である「やまぐち未来デザイン21」の実行計画の進行管理に役立てるとともに、翌年度の施策の重点化方針や予算編成に反映させていきます。
 昨年6月の県政世論調査の県民満足度調査では、若者の県内定住や雇用対策など、県民の皆さんに身近なものほど厳しい評価結果になっています。
 政策評価の結果は県のホームページで公表しているほか、県庁1階の情報公開センターや地方県民相談室でも公表していますので、ぜひご意見をお寄せください。
 

 
Q. 今、検討している新しいプロジェクトを一つ教えてください。

Answer
やまぐち未来デザイン21 「やまぐち未来デザイン21」第三次実行計画では、40の戦略プロジェクトを掲げていますが、今、政策企画課が中心になって取り組んでいます「21世紀の松下村塾形成プロジェクト」についてお話をします。これは「山口きらら博」でたくさんの県民の皆さんがボランティ活動などに活躍されて、県民活動の推進や人材育成につながったことを「それだけで終わらせたくない」と検討を進めているものです。
 今後、地方分権が進む中、住民の皆さんが自立して地域づくりに参画するなど、地域で活躍できる人材を育成していく必要があります。そこで、県にはセミナーパークという素晴らしい資産がありますので、このセミナーパークを中核にして、新しい「人材育成体制」を整え、来年度から事業をスタートさせたいと、今、その追い込み作業中です。21世紀松下村塾構想は、限られたトップの人を育てるのではなく、無数の志士の草莽崛起(そうもうくっき)を目指すものです。楽しみにしていてください!

 

 
Q. 「山口きらら博」の思い出といえば?

Answer
 「山口きらら博」の事務局「21世紀未来博覧会協会」に4年間在籍し、スーパーテーマ館「やまぐち元気伝説」を担当していました。ボランティアを集めるための説明会のため、プロデューサーの山本寛齋さんと一緒に県内あちこちを回ったり、練習に立ち会ったりしていたんですよ。ボランティアのダンサーをあそこまでひきつけて高めていく寛齋さんやダンスの指導をされた先生の情熱には、本当にすごいな、と思いました。これは吉田松陰先生の「至誠」にもつながるもので、熱い情熱を持って訴えれば相手に伝わる、相手から返ってくる、ということだと私は思います。
 「山口きらら博」の会期中は79日間ほとんど毎日、ドームに行っていましたが、出演者のお世話というより、ドームのまわりにずらりと並んだお客さまの苦情係でしたね(笑)。大変な4年間でしたが、寛齋さんをはじめ皆さんから元気なパワーをいただきましたので、その元気をこれから県民の皆さんにお返ししていきたいと思っています!