平成16年1月9日号(HTML版)VOL.37
山口県広報広聴課

 
おもしろ山口学

リレー随筆  「種田山頭火とふるさと」 著/富永鳩山(書道家・山頭火ふるさと会 会長)

第1回『その人生』

種田山頭火 種田山頭火(たねださんとうか)は明治15年、現在の山口県防府市八王子に父 竹次郎、母 フサの長男として生まれる。名は正一。種田家は大種田と呼ばれる大地主です。11歳の時、母フサが自宅の井戸で投身自殺をします。白い水死体を見た衝撃は生涯山頭火の心の傷となります。県立山口中学から早稲田大学に入学、ヨーロッパの自然主義文学の影響をうけます。しかし、神経衰弱となり大学を中退。
 父と共に酒造業を営み、サキノと結婚、長男 健が生まれます。そして自由律俳誌「層雲(そううん)」へ投句を始め、山頭火の雅号(がごう)を用い、頭角をあらわし選者にもなりますが、種田家は倒産。妻子を連れ、句友を頼り熊本へ移り住みます。
 熊本で酔って電車を止める事件を起こし、報恩寺(ほうおんじ)にて出家得度(しゅっけとくど)する。味取観音堂堂守(みとりかんのんどうどうもり)を一年あまりして、44歳の春、惑いを背負うたまま行乞流転(ぎょうこつるてん)の旅(歩行禅)に出ます。九州・四国、東は平泉(ひらいずみ)までの旅で独自の自由律俳句の確立を成し、一万数千句を残し、昭和15年松山「一草庵(いっそうあん)」で死亡。

 歩かない日はさみしい
 飲まない日はさみしい
 つくらない日はさみしい
 (日記)

 つまりはコマのようなもの、廻っている時は立っているが止まれば転倒する。一方では孤高に思いをめぐらせ、一方では俗界に身を沈めている。「濁れる水の流れつつ澄む」俗界にあって身心整理してゆく、二律背反を調和させる。山頭火の独自性であろう。大正から昭和初期にかけて自由律俳句という新しい精神的風土を、求めて旅の中で確立した。やさしい言葉で人生の真実を詠いあげました。「どうしようもないわたしが歩いている」この句に支えられて・・・とよく聞きます。
 
 


第2回『ふるさとの句』

其中庵(小郡町)
其中庵(小郡町)
 山頭火の句は「自由律俳句」です。五七五や季語(きご)から解放されて「単純化・自己純化・生命律・内在律・自然律・印象の象徴化・刹那(せつな)の永遠・結晶・求心的・道として、行として句作せよ」と山頭火の言葉です。
 山頭火は九州・四国から北は岩手県の平泉(ひらいずみ)まで全国を歩いていますが、とりわけ其中庵(ごちゅうあん)(小郡町)や風来居(ふうらいきょ)(山口市)等に庵を結び「ふるさと防府」にまるで糸につながれているように歩き回っています。子供の頃夢中になって遊び廻った大屋敷、母の温もりの残る場所、しかし帰れば大種田の没落・母の自殺・ボロ法衣を身にまとった托鉢僧となったことへの嘲笑でしか迎えてくれないふるさと。でもやはり離れがたいのです。山口県のあちこちを歩き続けています。そして防府天満宮のお祭りには必ずといっていいくらい人垣にまぎれてそっと帰って来ました。
 ちなみに山頭火がふるさと山口県内で作った句の一部を次に紹介してみましょう。
三隅町   三隅町わらや一つ石楠花(しゃくなげ)を持つ
豊北町(栗野)   ふるさとの言葉のなかにすわる
豊北町(小串)   波音のお念仏がきこえる
豊浦町(川棚)   わいてあふれるなかにねている
下関市   窓に迫る巨船あり河豚鍋の宿
下関市(長府)   琴がならべてある涼しい風
下関市(小月)   雲がいそいでよい月にする
山陽町(埴生)   あざみあざやかなあさのあめあがり (行乞途中)
美祢市(大嶺)   よい宿でどちらも山で前は酒屋で
美東町(大田)   朝ぐもりもう石屋の鑿(のみ)が鳴りだした
山口市   一羽来て啼(な)かない鳥である
山口市(嘉川)   村はおまつり家から家へ若葉のくもり
小郡町   空へ若竹のなやみなし
防府市   月がまねくふるさとはおまつり
防府市(大道)   子と遊ぶうらら木蓮(もくれん)数へては
徳地町   ふるさとの水を飲み水を浴び
周南市(福川)   バスが藤の花持つてきてくれた
周南市(徳山)   新しい法衣いっぱいの陽があたたかい
光市   わがままな旅の雨にぬれてゆく
平生町(佐合島)   島は音なく暮るるなり黙しをる二人
柳井市   また旅人になるあたらしいタオルいちまい
岩国市   空に雲なし透かし見る火酒(ウォッカ)の濃き色よ
 
 
第3回 防府(ほうふ)と山頭火』

「ふるさとの水をのみ、ふるさとの水をあび」の句碑(防府駅天神口西側) 山頭火の生誕地防府市では防府駅天神口西側には、小さな広場があり、山頭火像が建てられ、台座には「ふるさとの水をのみ、ふるさとの水をあび」の句が刻してあります。一方東側はアスピラート玄関前に直径1.2mの球形の句碑「ふるさとや少年の口笛とあとやさき」が建立され、句碑をめぐり生誕地跡へ着きます。
 「うまれた家はあとかたもないほうたる」の句碑があり、「ほうたる」(ホタル)は、少年の日に亡くした母を連想させるやるせないふるさとへの懐郷(かいきょう)の念がしのばれる。その前に最も新しい句碑「へうへうとして水を味わう」が建立されたばかりです。
 そこを少し行くと山頭火の通学路と言われている「山頭火の小径(こみち)」が古き良き時代の面影を残し、歩きつつ板碑に書かれた山頭火の句がしみじみと心を癒(いや)してくれます。旅から旅の中で「ふるさと句」を180句以上も作り、望郷の俳人とも言われています。
 防府市内には「雨ふるふるさとははだしであるく」「ふるさとは遠くして木の芽」「ふるさとの学校のからたちの花」の句碑など「ふるさと句」だけでも14基、防府天満宮にも山頭火の句碑2基があり、とって返して「西浦みかん園」には39基もの句碑があり、みかん狩りと共に楽しめる。市内にはコーヒーの句碑、酒の句碑など、水の句碑など、句碑総数81基あり、山頭火句碑めぐりが堪能(たんのう)できる。

 最後に次の句を紹介して、山頭火の紹介とします。

濁れる水の流れつつ澄む

 

   
豊北町 三隅町 豊浦町 下関市 山陽町 美祢市 美東町 山口市 小郡町 防府市 徳地町 周南市 光市 平生町 柳井市 岩国市